あそびのアトリエ ズッコロッカ[みずのさやかさん、シーナアキコさん、糟谷明範さん](前編)
- Sketch Creators Vol.8
「ズッコロッカという“予測不能な場所”で楽しむ自由な表現」
sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真で写しとっていきます。
第8回目となる今回は、「あそびのアトリエ ズッコロッカ」を主宰するアートコミュニケーターのみずのさやかさんと音楽家のシーナアキコさん、そしてズッコロッカを設立時からサポートする理学療法士の糟谷明範さんに、ご登場いただきます。ズッコロッカがあるのは、京王線・多磨霊園駅からほど近い場所にある建物の2階。ドアを開くと、画材や手芸用品、木材の端材、おもちゃなどが所狭しと並び、壁や天井には子どもたちが制作した作品が飾られています。まるでファンタジー映画の世界に迷い込んだような、不思議な空間。ここでは絵を描いたり、モノをつくったり、お話をしたりと、子どもから大人までみんなが一緒になって遊んでいるのだとか。前編では、ズッコロッカの成り立ちや紙の可能性についてお伺いします。
提灯のようなオブジェがぶらさがる糸を張った木枠のフレームは、ズッコロッカに遊びにくる子どもたちと制作したもの。天井に付いた照明を点けると、綺麗な影が浮かび上がるそうです。
大人も子どもも、遊びを通じて創作する
「あそびのアトリエ ズッコロッカ」とは、どのような場所なのでしょうか?
みずの:ズッコロッカの名前は「図工」を動詞にした 「ズコろうか!」を由来にしています。ここに来てくれた方々と一緒に「〇〇しよっか!」と、遊びを通じた自由な表現ができる場所。材料や道具など、子どもたちは自由に置いてあるものをながめ選び取り、紙に絵を描く子、ダンボールで工作をする子、毛糸や布で人形をつくる子、勉強をする子など、みんな思い思いの時間を過ごしていますよ。
ズッコロッカを立ち上げたみずのさやかさん(右)とシーナアキコさん(左)。
シーナ:毎週水曜日の放課後、15時〜18時がベーシックなオープン日で、毎月最終水曜日はさまざまなゲストを迎えてものづくりを行う「オトナの図工室」、そのほか金継ぎくらぶ「ナオソッカ」や織物部「オロッカ」といったイベント、百貨店やスポーツジムなどで開催する出張ズッコロッカなど、臨機応変にスタイルを変えながら活動しています。参加してくれるのは0歳児から70代の方まで、年齢性別を問わずさまざま。イベントによっては私たちが先生的な役割を果たすこともありますが、基本的には子どもたちを見守る“見守り隊”ですね(笑)。
金継ぎくらぶ「ナオソッカ」で使用するのは、かぶれの心配が少ない「新うるし」。比較的簡単な金継ぎなので、気軽に参加できるそうです。
みずの:本当にそう。子どもが何かをつくろうとしているときに、「こうした方がいいんじゃない?」と言い過ぎないようにしているんです。
シーナ:子どもは大人に言われたら「これはこういう風にやるものなんだ」って、素直に理解してしまいますから。
みずの:子どもならではの感性を発揮できなくなってしまうんです。ズッコロッカでは自分の好きなことを、好きなものを使って、好きなようにやってほしい。そしてたくさんのおもしろいことを自分自身で発見してほしいなと思っています。
シーナ:ズッコロッカをひと言で表すのなら、「予測不能な場所」ですね。
みずの:この日、この場にいるみんなの存在が影響しあうので、すべてが毎回違うんです。
連絡ノートや手づくりオブジェが置かれた玄関脇のスペース。
それぞれの思いと出会いが交差して生まれたズッコロッカ
ズッコロッカを開いた背景をお聞かせください。
みずの:私はもともと東京都府中市内にある公立小学校で図工の先生をしていたんですね。放課後になると図工室に集まってくる子どもたちがけっこういて、学年もさまざまで各々でつくりたいものをつくっていました。いろいろな年齢の子が、混じりあい、関わりあい、楽しんでいるのを見ていたら、「この時間は子どもたちにとって、とっても大切な時間なんだろうな」と感じたんです。私自身も子どもたちから学ぶことはいっぱいあり、一緒になって楽しんでいましたし。そんなこともあり、放課後の図工室のような場所をつくろう。さまざまな表現が生かされる時間を、身近な道具や材料を使い、自分の頭で考えながら自由に創作できる場所をつくろう。みんな違ってみんないい! だんだんとそう考えるようになったんです。
天袋の扉もキャンバスに。絵の具を重ね、カラフルで抽象的な作品に仕上がっています。
この構想が具体的にまとまり、あとは場所だけだと思っているときに「府中市民協働まつり」で糟谷さんと出会いました。協働まつりは府中市内の団体・学校・企業などがそれぞれの活動を伝えるイベントなのですが、そこで放課後の図工室に集まる生徒たちと作品を出展していて、糟谷さんが遊びに来てくれたんです。作品で使用した材料のひとつは、糟谷さんが運営するカフェ「FLAT STAND」からもらったものだったので。
そこで「場所がないんだよね」という話をしたら、糟谷さんは「場所ならなんとかなるよ」と、いまズッコロッカが入っている建物へ案内してくれました。「壁を抜いたり、色を塗ったりするから、現状復帰はできないと思うけど平気?」と聞いたら、「大丈夫だよ」って。あとから知ったのですが、糟谷さんはここのオーナーさんだったんです。
糟谷明範さんはズッコロッカのある府中市出身。地元を拠点に「住民と医療福祉の懸け橋になる」をモットーとした幅広い活動を行なっています。
糟谷:祖父が所有していた建物なのですが、入居者のないまま月日が経っていたので、地域のコミュニティづくりにつながるのならぜひ使っていただきたいなと思ったんです。
みずの:そんなタイミングでシーナさんと話をしていたら、「私もそういう場所をつくりたいと思っていたんだ」と言ってくれ、「じゃあ一緒にやろうよ!」って(笑)。
シーナ:みずのさんはとても人気のある先生だったので、けっこう反対の声が多かったみたいなんですね。もちろん場づくりを反対するというより、みずのさんの将来を考えての意見なのですが。だからいろんな人に「シナモン(シーナさんの愛称)がみずのさんをそそのかした」って冗談交じりに言われました(笑)。
みずの:私の心は決まっていたので、全然そんなことはないんですけどね(笑)。私自身、巻き込み巻き込まれながら、誰かと何か楽しいこと、おもしろいことをするのが好きなので。
シーナさんのマリンバを一生懸命演奏する男の子。ズッコロッカの日常のひとコマです。
シーナ:私は大学卒業後、教員免許をいかして学童クラブやリトミック教室で音楽の先生をしていたんです。子どもたちや親御さんと接する中で、大人も子どももリラックスしながら遊べる場所があったらいいなと思う気持ちが芽生えていました。音楽家としての活動を始めてからは、演奏会や親子のワークショップをする機会があるたび、地元のお母さんたちに、「遠い場所での開催だと、行きたくても行けない」というご意見を頂戴することがあり、自分たちが住む地域でいろいろなことを体験できる場所があるって大事だなと、改めて場づくりについて考えるようになっていたんです。そんなとき、みずのさんも場所をつくろうとしていると聞いて。
みずの:そうだったね。シーナさんと初めて会ったのはズッコロッカを開く2〜3年前。図工の授業でアーティスト講師をしてくれたことがきっかけでした。府中市の小学校では、アーティストを呼んで授業を開くことがけっこう多いんですよ。描くとかつくるだけでなく、身体で表現することも図工ですから。
ミニピアノやタイコといったトイ楽器もたくさんあります。
シーナ:図工や音楽だけに限らず、表現のかたちはたくさんあります。表現って、本来は点数を付けられないものですよね。1+1=2といった正解もありません。ある旋律を流したとき、Aさんは楽しく感じるけど、Bさんは悲しいメロディーに聴こえるという感性が受け入れられるものだから、それぞれの価値観や捉え方を肯定できることが大切なんです。だからジャンルの垣根を取っ払い、いろんな得意分野をもった人たちが行き交う場所ができたら絶対におもしろいなと思っていたんです。みずのさんの授業はとっても楽しくて、素敵な方だということは知っていましたから、一緒にできたら可能性はもっと広がっていくだろうなと。もう直感に近いですね。
みずの:「みんなでつくる場所」であることが重要なんです。
洗面所へつづく壁は鮮やかなオレンジ色に塗られています。
フラットな関係性がよりよいコミュニティを育む
糟谷さんはズッコロッカとどのような関わり方をされているのでしょうか?
みずの:2019年にズッコロッカができるまでの過程で側にいてくださったのが糟谷さん。大家さんでありながら土台も一緒に考えてくれ、私たち2人がいろいろ思考を巡らせたうえでどうしようかと悩むと、いつも親身に話にのってくれ、支えてくれる存在でもあります。
糟谷:僕自身は理学療法士なのですが、訪問看護や訪問リハビリテーションを行うシンクハピネスという会社も経営しています。その中で医療と街に視点を置いて考えたとき、両者の間には隔たりがあると気がつきました。ほら、健康な方たちの相談先ってありませんよね。だいたいは病気になってから相談先を知るのが常なんです。この課題の解決には地域コミュニティが要になってくると感じ、シンクハピネスではコミュニティ事業もスタートしました。2016年にオープンしたFLAT STANDも、「みんなの場所」として利用してほしいと考えていたので、ズッコロッカの考えにはとても共感できたんです。ズッコロッカでの僕の役割は「遊んでいる人」(笑)。実質的にズッコロッカを運営しているのは、みずのさんとシーナさんですから。僕は子どもたちから「チャラ」って呼ばれていますよ。
みずの:「チャラチャラしている社長」を略した糟谷さんのあだ名です(笑)。そういう見た目や印象なだけで、実際はまったくチャラチャラしていないんですけどね。
みずのさんは図工の先生になる前、建築設計事務所や学童クラブで働いた経験もあるそうです。
子どものネーミングセンスはすごいですね(笑)。糟谷さんから見て、みずのさんとシーナさんは子どもたちとどのような関係性を築いていると感じられますか?
糟谷:教える、教えられるといった関係性ではなく、いつも子どもたちと同じスタンスでいるように感じますね。何かひとつの作業をとっても、子どもたちに考えさせるけど、大人である彼女たちも考えるという風に。
みずの:子ども以上に楽しんでいるところがあるからね(笑)。
糟谷:あるね。「もうおしまいの時間だよ!」って、子どもに怒られているしね(笑)。でもそのフラットな関係性がいいんですよ。
毎週水曜日にオープンしているズッコロッカの様子。楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
さまざまな特性をもつ紙の可能性は無限大
ズッコロッカのアトリエには多種多様な道具や材料がありますね。
みずの:いただきものの材料も多いんです。ストローや布、木材など、私たちの活動を知った企業さんが工場から出た端材をくださって。
シーナ:あとは地域の方々が「ズッコロッカなら遊びに使ってくれるんじゃないか」と、連絡をくれたり、いろいろなものを持ってきてくれるんです。
マーカー、クレヨン、色鉛筆、のり、テープ、ハサミ、カッター、針金、釘、トンカチなど、ありとあらゆる道具が揃っています。
みずの:マルマンさんが商品の発送の際に緩衝材として使用している紙もすごくいいですよね。もったいないから捨てずに、ズッコロッカで使わせていただく予定です(笑)。
ありがとうございます。マルマンでは自社製品の製造時に出る印刷調整用の紙などを、緩衝材として使用しています。だから紙の品質は製品と同様のものなんですよ。
みずの:断裁前の紙だから、広げたら大きな紙になりますよね。こういったものを子どもたちに渡すと、独創的な発想で新しく生まれ変わるんです。くるくる巻いたり、洋服みたいにしたり、テントのように空間をつくる子もでてくるはず。紙だからそこに絵を描くことも、何かを貼ることもできますし、用途は無限大ですよ。
シーナ:紙の可能性はたくさんありすぎて、逆にパッと思いつかないくらい……(笑)。私の娘は筆の運びやすさや色の発色のよさによって描く楽しさが違うようで、客観的に見ていて興味深いです。
シーナアキコさんのお子さんは2022年で小学2年生。ズッコロッカの常連の女の子です。
みずの:紙の特性によってぜんぜん違うもんね。紙の手触りの感想を子どもたちと言い合うのも楽しいんです。「これは波状だね」とか、「これは表がザラザラしているけど、裏はツルツルだね」とか。マルマンさんの「図案スケッチブック」も表と裏の質感が違いますよね。
はい。表面にはほどよいシボがあり、裏面はシボが小さくなっています。吸水性がよく絵の具の乾きも早いですし、消しゴムを使ってもけばだちがほとんどないんですよ。
みずの:先日、図案スケッチブックの画用紙にLYRAの水彩色鉛筆「レンブラント・アクアレル」で絵を描いたところを、子どもたちに見せたんです。色鉛筆で描いた線に水を含ませた筆をのせると、陰影やぼかしができるんだよって。そうしたら子どもたちが水の世界を描きはじめたんですね。5歳の子は紙がひたひたになるくらい水を垂らして、その上にもう1枚画用紙をのせて、水を吸収させていました。するとのせた紙にも色がぼんやりと移り、すごく綺麗だったんです。それをみた小学校4年生の子も、同じように真似をしていました。子どもから学ぶことは本当にたくさんあります。
「レンブラント・アクアレル」を使って子どもたちが描いた作品。色使いもとても綺麗です。
みずのさん、シーナさん、糟谷さんからお話を聞けば聞くほど、ズッコロッカの魅力が伝わってきます。現在(2022年1月現在)は事前予約制であるものの、ズッコロッカは誰でも訪れることができる場所。後編ではズッコロッカでの過ごし方や場づくりへの思いなどを探っていきます。
《プロフィール》
みずのさやか(みずの・さやか)
アートコミュニケーター、図工の先生
学校や美術館、地域など幅広いフィールドで、子どもたちとアートを活用した活動を展開。出張図工プロジェクト「山と水の図工室」の取り組みで、第22回東京新聞教育賞を受賞。子どもにも大人にも、今日もワクワク楽しいことを提案しつづける。
シーナアキコ(しーな・あきこ)
ピアノ・マリンバ・ガラクタ演奏家
CMやテレビ番組、映像音楽の制作のほか、さまざまな音色をサンプリングして音楽をつくる特別授業や、間伐材をはじめとした木製の楽器づくりなど、大人も子どもも楽しめるワークショップもプロデュースしている。
糟谷明範(かすや・あきのり)
株式会社シンクハピネス代表、理学療法士、一般社団法人CancerX理事
2014年に東京都府中市にて設立した株式会社シンクハピネスにて、「住民と医療福祉の懸け橋になる」をモットーに、訪問看護・リハビリ、居宅介護支援、カフェ事業を展開し、まちのみんなと一緒にコミュニティの場(通称:たまれ)をつくっている。
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