落語家・林家たい平(後編)
- Sketch Creators Vol.1
「落語も絵も、光の当て方次第で多彩な表現ができる」
sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作の背景を言葉と写真で写しとっていきます。
第1回目にご登場いただくのは、落語家の林家たい平師匠。武蔵野美術大学を卒業し、落語の世界に入るまでの背景に迫った前編に続く後編では、修行時代から意識されていること、日常的に彩管をふるう中で得た気付きなど、たい平師匠の深いお考えに触れていきます。
圧倒的パワーを放つ林家こん平師匠に入門
たい平師匠は5代目柳家小さん師匠の落語を契機に、落語家を志されたとのこと。なぜ柳家一門ではなく、林家こん平師匠に弟子入りをされたのでしょうか?
いざ入門しようと考えた時、小さん師匠をはじめさまざまな師匠が頭に浮かんできましたが、強烈な印象を放っていたのが我が師匠、こん平でした。オレンジ色の着物を着て『笑点』に出演していた師匠からは、人を笑わせたい、喜ばせたいという圧倒的なパワーを感じたんです。落語家の師弟関係って、直接稽古を付けてもらうというより、師匠の側で師匠の生き方を学ばせてもらうものなんですね。「越後生まれのこん平でーす!」と、故郷を愛する気持ちは僕も同じ。それに林家一門の先輩方を見ていると、型にはめられず好きなことをやらせてもらえそうな気風があったんです。伸び伸びと無農薬で育てていただいた方が、僕の性にもあっていますから(笑)。
入門後、たい平師匠は初代林家三平師匠のお宅で6年ほど住み込み修行をされています。
ええ、入門するといっても秩父の実家から通うのは難しいですし、アパートを借りるために親から仕送りをしてもらうわけにもいきません。そこで師匠が三平師匠のおかみさん(海老名香葉子さん)に事情を説明してくれ、根岸の家(初代林家三平師匠のご自宅)への住み込みで、修行をさせていただけることとなったんです。
炊事、洗濯、掃除、落語の稽古など、楽しくも厳しい修行の日々でしたが、根岸の家で暮らすにあたり常に意識していたことがあります。それは「たい平がいると楽しいね」と感じていただけること。大師匠のお宅でご家族と住むわけですから、「たい平がいるとなんとなく嫌だな」と思われたら置いてもらえないわけです。海老名家のみなさんに可愛がっていただけることが、僕の存在理由になるんですね。それは落語家の世界でも一緒。ここで上手くいかないのなら、100人、500人、1000人というお客さまを落語会で楽しませられるはずがありません。「どうしたら気に入ってもらえるんだろう」、「どうしたら楽しいんでもらえるんだろう」と、毎日考えていました。
「おかみさんにはとてもよくしていただきました」とたい平師匠は修行時代を振り返ります。
より多くの人へ、落語の魅力を伝えるために
修行時代は嬉しいことや楽しいことだけではなく、お辛いこともたくさんあったかと存じます。心折れることなく修行を続けてこられた背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
落語の凄さですね。僕は落語を聴き、大笑いして、たくさんの元気をもらいました。落語には人を元気にする力がある。それを多くの方々に伝えたい、みんなに落語と出会ってほしい、そう強く思えたから落語家になろうと決めたんです。その信念だけですね。
こん平師匠の存在も大きかったことと思います。
ああしなさい、こうしなさいと、多くを語る師匠ではありませんでしたが、「愛されなさい」とよく言ってくれたことを覚えています。芸人は人に愛されなければ、何者にもなれません。「お前は真面目すぎるから、“稚気”をもちなさい。そうすればお客さまが助けてあげよう、可愛がってあげようと思ってくれるはずだから」と。
そして師匠からは“売れること”の大切さを学びました。「売れることより、地道に落語を演じることが大事なんだ」という落語家さんもいらっしゃいますが、僕にとっては売れることがとても重要なんですね。なぜなら僕が落語家になった理由は、一人でも多くの方々に落語と出会ってもらうことだからです。「売れる=お金が儲かる」ではありません。努力はもちろん必要ですが、名前を知ってもらえればお客さんの数が一気に増えます。師匠はご苦労をされた分、売れないことも売れることも知っている。売れることのいい面ばかりではなく、大変さや辛さもすべて僕に見せてくれました。豪快で、繊細で、温かい、師匠から学んだことは数知れません。
放送作家の高田文夫さんが芸人たちのアート作品を集めて開催した展覧会「やなか高田堂」では、たい平師匠が描いた谷中の四季の歳時記を配布したそう。
こん平師匠の背中を見て学ばれた、たい平師匠のご活躍は周知の通りです。たい平師匠は武蔵野美術大学をご卒業後、落語の世界に入られていますが、落語家としてご活動される中でも創作活動は続けてこられたのでしょうか?
二つ目になった時、放送作家の高田文夫先生が主宰する展覧会「やなか高田堂」で、僕の作品も展示させていただいたことを機に、また少しずつ絵を描くようになりました。僕が美術大学出身であることはみんな知っていたので、絵のお仕事もたまにいただいたんです。
ですが本音を言うと、絵を描くことがあまり好きではなかったんですね。「絵が上手いんだろ」とみんなに言われるんですけど、僕はイラストレーターではなくデザイナーなので、絵が特別上手なわけではありません。そうしたら武蔵野美術大学の先輩でもある山藤章二先生に、「きみ、絵を描いていて楽しくないでしょ」と言われてしまって……。まさに図星でした。
美術大学を出ていて、みんなに絵が上手だと思われているから、そのイメージに合わせるためにどこか背伸びをしていたんです。本来の自分とは違う絵を描いていたというか。
たい平師匠の優しさゆえ、周囲の方々の期待に応えようとされていたのですね。
どうしたら絵を楽しめるのか必死で考えました。それで気付いたのは、自分の絵を自分で飾りたいと思えることが、“絵を楽しむ”ということなんじゃないかなと。そうしたらある日、山藤先生から「絵が変わったね」といっていただけたんですよ。そこからですね。絵を描いていて楽しいと感じられるようになったのは。たとえ下手でも、いまは絵を描くことがすごく楽しいんです。
「自宅で育てているゴムの木の葉が落ちてしまったんです」と、落ちた葉を描いてくれました。絵筆を入れているのは息子さんが小学校の頃に制作された作品。
描き上げたゴムの木の葉の絵には、「捨てられなくて よかったね」と言葉を寄せて。たい平師匠は顔料を使うことが多いそうです。
落語と絵に共通すること
落語家としてご活動される傍ら絵を描くことは、どんな時間になっていますか?
とても幸せな時間ですね。僕は野菜や植物など動かないものをよく描くのですが、対象物と向き合い、一言も喋らずにひたすら絵筆を執り続けるのが好きなんです。
例えば野菜は「美味しそう」基準で見ることが多いじゃないですか。スーパーで「この野菜、とても綺麗だから買おう」とは、あまりならないですよね。でも「美味しそう」はひとつの側面にすぎません。あらゆる物事は光の当て方によってまったく違う美しさが見えるということを、僕は野菜から教わりました。
落語も野菜と同じなんですね。「この演目はつまらないな」と思っていたとしたら、正面から捉えているだけの可能性がある。野菜をカットするとまた別の表情が現れるように、切り口を変えてみたら「こんなに面白かったんだ!」となるんです。落語も調理方法次第で変わってくるんですよ。
確かに落語家さんによって同じ演目でも表現やサゲ(オチ)がさまざまですから、印象が異なる場合もあります。
そうですよね。野菜などはじっとしていてくれるので、対峙することで美しさを見い出し、「ここがこんなに綺麗なんだよ」と表現できる。誰かに伝えるのが僕の仕事ですから、やはり絵は落語と共通する部分があります。
有機農業グループに寄せた作品。キャベツのみずみずしさと美しさが伝わってきます。野菜の絵とエッセイを交えた『たい平の野菜シャキシャキ噺』(講談社)という本も出版。
当たり前を疑うことから見えてくるもの
現在、武蔵野美術大学の客員教授として教鞭を執られていますが、たい平師匠の講義内容についてお聞かせください。
大学からは「学生のプレゼン力を引き上げる講義をお願いします」という依頼でした。プレゼンとは、自分が生み出したものを相手に伝えること。「自分が生み出すもの」ないし「それを生み出す自分」を自分が好きでなかったら、プレゼンをしたところで思いは伝わらないはずなんです。だから僕は自己肯定感を高め、自分を好きになれる講義をしようと考えました。主に2年生を担当しているのですが、夢を抱いて大学に入学した1年生に対し、迷走しはじめるのが2年生。「何を学びにきたんだろう」、「迷いが生じている自分が嫌だな」と思う人が増えているんです。自分自身は一生涯をともに歩む唯一の人間ですから、自分のよさに気付いてあげた方がいい。
たい平師匠のYouTube「『天下たい平』チャンネル」で公開した判じ絵作品「弱肉強食(JACK NICK TODAY SHOCK)」。マルマンの「図案スケッチブック」を愛用しているそうで、「いい意味でオーソドックス。いろいろなスケッチブックを試しましたが、これが一番お気に入りです」とたい平師匠。
絵を描く課題なども設けているのですか?
僕がそうであったように、美術大学だからといって全員絵が上手ということではないんですよ。文章が得意な人は文章、漫画が好きな人は漫画、CMがつくりたい人は絵コンテなど、ひとつの課題に対し自分が楽しく向き合えるものを生徒に選ばせています。
講義は1限目なので、教室に入った学生は誰かしら電気を付けてくれますよね。「暗かったら電気を付ける」というのが、習慣として染みついているんです。僕は「当たり前を当たり前と思ってはいけない」と学生に伝えたいので、まず電気をすべて消す。そうすると窓から差し込む光だけが教室を照らし、僕の顔半分にシャドウがかかってより一層いい男になります(笑)。逆に蛍光灯の明かりで見ると、なんだかのっぺりとした印象。同じ時間でも天候や季節によって光の加減は異なりますから、「今日も素敵な光だな」と感じる前に電気を付けてしまうのはもったいないんです。
また、講義ではさまざまな素材や色の紙を使用するようにしています。一般的なコピー用紙だと、なんとなく“勉強する紙”というイメージがあるんですね。「“雨”をクライアントとして想定し、ポスターをつくる」という課題では水玉模様の上質な紙を配ったのですが、それだけで学生のモチベーションは上がっていましたよ。紙はとても大切で、目にした時や指で触れた時に、さまざまなインスピレーションが湧いてくるんです。
「授ける生業」と書いて「授業」。僕は学生たちに生業ではなく「気付き」を授けているだけなので、「授業」と呼ぶことには若干抵抗を感じています。授けた生業はあっという間に古くなる。人生の先輩である僕が授けられるのは、ものの捉え方や考え方だと思っています。
たい平師匠の落語と笑顔はたくさんの人たちに元気を与えています。
学生さんたちがうらやましくなるほど、とてもユニークで意義のある講義ですね。以前はたい平師匠ご自身も、武蔵野美術大学へ通う一人の学生さんでした。当時「落語で人の心をデザインしたい」とお考えになったたい平師匠にとって、落語はどんな画材でしょうか?
人の心、頭の中、空中、どこにでも描くことができる。そして消えて欲しいと思ったらふっと消え、消えないで欲しいと願えば永遠に風化することはない。落語は魔法のような画材だと感じています。
《プロフィール》
林家たい平(はやしや・たいへい)
落語家
1964年埼玉県秩父市生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業。1988年8月林家こん平に入門。1992年5月二つ目に昇進し、「NHK新人演芸コンクール」優秀賞をはじめ数々の賞を受賞。2000年真打昇進。2006年から日本テレビ『笑点』の大喜利メンバー。2008年「第58回芸術選奨文部科学大臣新人賞」受賞。2010年より武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科の客員教授を務める。「たい平ワールド」と呼ばれる芸風で老若男女を問わず多くのファンに支持され、子どもたちへの落語普及にも熱心に取り組む。近著『はじめて読む 古典落語百選』(リベラル社)をはじめ、著書多数。落語CD「林家たい平落語」シリーズ(日本コロムビア)、落語DVD「落語独演会DVD-BOX」(竹書房)など。
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