「新しい時代に寄り添う新しいルーズリーフ『PIET』」(前編)
− アートディレクター・平野篤史さんとマルマン ペーパーマイスター・遠藤恒夫さんの対話から読み解くブランドストーリー

2020年9月1日より、マルマンからバインダーとルーズリーフの新しいブランド「PIET(ピエト)」がデビューしました。ブランド名の由来は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した、オランダ出身の抽象絵画の巨匠ピエト・モンドリアン。PIETは多彩なデザインと紙質によって使い手のクリエイティビティを刺激し、自由度の高いルーズリーフの可能性を一段と広げていきます。

 

そこでPIETのデザインを手掛けたアートディレクターの平野篤史さんと、PIETの品質管理を担当したマルマンのペーパーマイスターである遠藤恒夫さんに、開発背景や製品特長についてインタビュー。前編と後編の2編に分けてお届けする今回は、PIETが誕生した経緯やデザインプロセスなどについてお伺いしていきます。

 

PIETの製品を手に取り、談笑するアートディレクター・平野篤史さん(写真左)とペーパーマイスター・遠藤恒夫さん(写真右)

ルーズリーフの価値を幅広い層へ届けていく

PIETの開発に至った経緯をお聞かせください。

遠藤:マルマンがルーズリーフを初めて発売したのは1968年。以後「ルーズリーフはマルマン」というキャッチフレーズとともに、ルーズリーフやバインダー、アクセサリー(インデックス、ホルダー、ポケットリーフなど)の販売を行なってきたのですが、どうしても“学生さん向けの製品”といった印象が強かったんですね。ルーズリーフはアイテムの組み合わせによって、自由にカスタマイズできる非常に機能的なアイテムです。ですのでかねてより、学生さんのみならず多くの方々に愛用していただきたいという想いがありました。だからこそターゲットを社会人にまで拡大し、より幅広い層のお客様にこの価値をお届けするため、ルーズリーフシリーズのリニューアルを行うことになったんです。

 

平野:そのような背景をお伺いし、マルマンさんの「書きやすいルーズリーフ」シリーズをリニューアルする際、僕の方でロゴデザインやパッケージデザインを担当させていただくことになったんです。リニューアル後は大人の方も手に取りやすいシンプルなデザインとカラーリングのパッケージに生まれ変わりました。

 

遠藤:「書きやすいルーズリーフ」シリーズのリニューアルは2016年でしたね。マルマンではバインダーとルーズリーフ、アクセサリーをセットで使うことで生まれる有用な価値を提案しており、同時に製品ラインアップやオリジナリティある多様な使い方でマルマンの独自性を示しています。PIETは「書きやすいルーズリーフ」シリーズのリニューアルを行う中で、ルーズリーフやバインダーの可能性を追求していった結果、具現化したものといえるでしょう。

 

2020年に創業100周年を迎えるマルマンは、新しい文具の在り方を模索し、お客さまに提供できる価値を改めて考え直す必要がありました。マルマンのミッションは「Creative Support Company」。私たちは「Creative」の意味をデザインや芸術だけにとどまらず、さまざまな人が日々の生活でよりよくなろうとする意志や、これまでにない価値を生み出す活動全般だと解釈しています。「ルーズリーフで使う人の創造性を引き出す」というコンセプトのもとに展開するPIETは、マルマンのミッションを体現するブランドのひとつともいえますね。

「Creative Support Company maruman」として提案する新しいルーズリーフブランドPIET。
どのようなプロセスを経て、PIETのデザインが構築されていったのでしょうか?

平野:マルマンさんが毎年開催している「Maruman fair 2016」で「書きやすいルーズリーフ」シリーズのリニューアルを大々的にお披露目することとなり、その場で発表するコンセプト商品として、バインダーのデザインの依頼を受けたのが最初です。僕に求められたのは、既存のバインダーにとらわれないデザイン。これまで社会人の方や感度の高い方を惹きつけるような、ヴィヴィットな色合いやポップなデザインのバインダーは世の中にあまりありませんでした。そこで色を全面に押し出したデザインをご提案したんです。

 

遠藤:「Maruman fair 2016」で発表したバインダーは、2つの色を全面にあしらったシンプルなデザインでしたね。

 

平野:ええ、グラフィックというより色の対比で表現していました。現在のPIETのデザインにも通じるのですが、「かさね色目」と呼ぶ日本の伝統的な配色の考え方を取り入れています。かさね色目は平安時代の女性の装束の色の組み合わせ方が発端とされていて、季節ごとにさまざまな配色名があるんですね。例えば「春」の「梅」を表現するものでも、「梅重」、「裏梅」、「紅梅」などそれぞれで異なる多様な配色が存在しています。「SABOTEN(サボテン)」「AMAGAPPA(雨ガッパ)」「TOMATO(トマト)」「BARANONIWA(薔薇の庭)」「CAPUSEL(カプセル)」「GROUND(グラウンド)」から成るPIETの6種類のバインダーは、かさね色目のように色からイマジネーションを引き出すものにしたいと思い、ネーミングと配色を考えていきました。「この色だからこのネーミングなんだ」と想像が膨らむように。

使う人や見る人によってさまざまな想像が膨らむ余白のある、抽象的なデザイン。

バインダーの素材感への徹底したこだわり

なぜブランド名は画家のピエト・モンドリアンに由来するPIETになったのですか?

平野:ピエト・モンドリアンのイメージと僕たちが目指すPIETのブランドのイメージで、重なり合う部分が多かったからですね。ピエト・モンドリアンが抽象画のアーティストであること、彼の創造性、作品における色使いなどが、PIETにハマっていたんです。

 

遠藤:「ピエト」という音の響きのよさも大きいですね。ブランド名の選定は難航し、幾度となく会議を重ねていましたから。

 

平野:そうでしたね、なかなか決まらなくて(笑)。ちなみに、ブランド名やデザインは紆余曲折がありましたが、バインダー本体の素材は初期の段階から一貫しています。使用しているのはプラスチックの一種であるPP素材やABS素材。親しみやすさや文具としての納得感がありながら、スタンダードすぎない素材感を目指しました。表紙は高級感をもたせるため、マットな質感にしているので手触りがいいんです。

 

遠藤:バインダーの表紙印刷に関しては、正直とても苦労しました(笑)。質感と色を表現するのが難しかったんですよ。一般的なPP素材のバインダーは、ベースとなる原料に着色料を混ぜて色のシートをつくり、これに断裁などの加工を施していきます。しかしこの方法ですと1色ごとに数トン単位のロットが必要になり、PIETは2つの色を全体に用いているため、現実的ではありません。そこで今回は真っ白なPP素材のシートにシルク印刷をかける方法を選びました。実は通常、PP素材のシート全面にシルク印刷を施すことはほとんどないんですね。あったとしてもロゴの印刷くらい。なぜなら色のムラやニオイといったアクシデントが起こる可能性があるからです。インクジェット印刷という方法もありますが、やはり再現性の点においてシルク印刷に負けてしまうんですよ。

 

平野:シルク印刷だからこそ、このヌメッとしたようなマットな質感が実現できるんです。

 

遠藤:白いPP素材のシートに1色目の色を刷り、数日間かけて乾かしてから次の色を刷っていく。この印刷には高度な技術が必要ですので、ベテランの職人さんにお願いすることにしました。

 

平野:微妙な色合いを再現してもらうには、職人さんが長年培ってきた感覚的なインクの調合が必要不可欠です。細かな色の確認のため、僕も10回くらい職人さんのもとを訪ねました。

 

遠藤:PIETのバインダーを見た同業者の方には「随分、思い切ったことをしたね」と言われましたよ(笑)。文具業界においては、それくらいイレギュラーなことなんです。

PIETのバインダーは、親しみやすさと高級感を兼ね備えた表紙の質感にもこだわっている。これはベテラン職人の高度な技術によるシルク印刷で表現しており、独特な手触りが得られる。

“PIETらしさ”を象徴するA4横型バインダーの誕生

バインダーはA5縦型とA4横型での展開ですが、A4横型というのは珍しいですね。

平野:もともとはよくあるA4縦型で進めていたんですよ。中に挟む筆記用紙やアクセサリーも既存の製品を使用する予定でした。バインダーのデザインも固まり、ブランド名も決まり、これで商品化をしましょうとマルマンさんとお話をしていたのですが、ブランドとしてPIETを次の段階へステップアップさせたいという空気感がプロジェクトメンバーみんなの中にあったんです。そんな時、ふと「落書きをしたり、絵を描いたり、横長の紙はペンが進むな」と思ったんですね。それに横型のノートはあるけれど、横型のバインダーは見たことがない。そこでA4横型のデザイン案をご提案してみたんです。

遠藤:PIETのプロジェクトメンバー一同、直感的に「これだ」と感じました。みんなどこかで“PIETらしさ”の決め手となる要素を探していたんです。A4横型はすごく特長がでる。いままでにないものこそ、PIETにはふさわしいんですよ。また、時を同じくして平野さんから「グラフィックのデザインも変えていいですか?」とご相談いただいたんです。


平野:もっと色の配色から各商品のネーミングをイメージさせやすくしたいと思ったんです。加えて別売りの筆記用紙とアクセサリーもPIETオリジナルとして制作する方向性になって。ルーズリーフは何十年も続いてきた既存のフォーマットがある文具です。PIETもそこから逸脱したブランドにしようという思いはありません。だけど明るい気持ちや、何かをつくりたいという気持ちを誘うブランドにしたかった。デザインをするうえで大事にしたのはそのバランス感覚です。A4横型でいこうと決まった瞬間から、いろいろなことが動き出しましたね。

写真左は“PIETらしさ”を象徴するA4横型バインダー。写真右はA5縦型で、ともに「AMAGAPPA(雨ガッパ)」

これまでにないルーズリーフとバインダーのブランドとして生まれたPIET。PIETはルーズリーフとバインダーがもつ優れた機能性をいかしながら、斬新なデザインによってユーザーのアイデアを刺激していきます。後編では、製品の特長やブランドに込めた想いに迫ります。

 

 

《プロフィール》

 

平野篤史(ひらの・あつし)

アートディレクター/グラフィックデザイナー/アーティスト

 

1978年神奈川県生まれ。2003年多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。株式会社ドラフトを経て2016年、デザインスタジオAFFORDANCEを設立。

主な仕事:ブランディング、CI、VI計画、サイン計画、プロダクトデザイン、パッケージデザイン、イラストレーションなど、グラフィックデザイン、アート制作活動を基軸に活動。

主な受賞歴:TDC賞、JAGDA新人賞、経済産業大臣賞、SDA賞など。多摩美術大学准教授

http://affordance.tokyo/

 

遠藤恒夫(えんどう・つねお)

マルマン ペーパーマイスター

 

1971年東京都生まれ。1993年マルマン株式会社入社。営業を10年間担当した後、企画開発部へ異動し17年。ペーパーマイスターとしてマルマンオリジナルの画用紙や筆記用紙類の品質管理を担当する。