クリエイティブディレクター/プランナー
佐藤ねじさん(前編)
- Sketch Creators Vol.9
「“空いている土俵”を探し、0から0.1の伸びしろを見つける」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真でうつしとっていきます。

第9回目となる今回は、クリエイティブディレクター・プランナーとして活躍する、ブルーパドル代表の佐藤ねじさんにご登場いただきます。「あっ!」と驚くアイデアで、数多くのユニークな企画を世に送り出してきたねじさん。独創的なアイデアを生み出す根底には、どのようなお考えがあるのでしょうか。前編では、ねじさんの思考のクセやブルーパドル的アイデア発想法についてお伺いしていきます。

大学時代からつづく二足の草鞋を履くスタイル

ねじさんは名古屋芸術大学デザイン科をご卒業されているとのこと。もともとデザインの道を志したきっかけをお聞かせください。

よくある話ではありますが、小さい頃から漫画やイラストを描くのが好きだったんです。いるじゃないですか、クラスに一人か二人くらい絵の上手い人が。まさに僕がそれで。ただ当時、僕が描いていた漫画はオリジナル。『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』のキャラクターを描けばクラスのヒーローになれることは分かっていたものの、漫画の模写には批判的な姿勢でいたんです。あれは鳥山明先生や尾田栄一郎先生の作品であって、僕の作品ではない。オマージュやパロディといった手法もありますが、どこかでオリジナルの方がすごいという意識があったんでしょうね。漫画の模写が学校という市場におけるメインストリームであるならば、僕はその隙間でオリジナルの漫画を描き、妹という限られたターゲットにだけ評価を得ていました。漫画を描いていたのは小学生の頃ですが、物事を相対的にとらえる視点はいまに通じているかもしれません。美大という存在を知ったのは、将来、絵を描ける仕事に就きたいと考えていた高校時代です。進学へ向けた美術予備校に通う中でデザインというジャンルを知り、デザイン科を専攻しました。

小学生の頃にねじさんが描いた漫画は、妹さんから「すごい!」と大評判だったようです。

二足の草鞋を履くスタイルは、大学時代に構築されたものです。というのも、大学ではメディアコミュニケーションデザインを専攻していて、そこそこ真面目に取り組んでいたのですが、平行して大学の友人と劇団を結成したんです。社会人になってからずっと仕事をしながら個人の作品制作も行なっているように、大学でも学業と演劇を両立させていました。

演劇をされていたとは。なんだか意外です。

僕が担当したのは、演じる方ではなく脚本と演出。大学で学んだことをもち込み、映像を使ったり、コントをしたり、インスタレーションのような感じで、いわゆる“演劇部っぽい演劇”とはちょっと違っていました。

高校では、足が速いとか、面白いといった個性と同じように、絵が上手いことが有利になります。しかし美大生はみんな絵が上手いので、それが有利になりません。だからこそ、全体量の中で空いている場所をとっていくんです。演劇自体やる人はさほど多くないですし、そこから映像やコントを取り入れる劇団となると、もっと相対値は低くなりますから。

ねじさんが所属していた劇団は、名古屋芸術大学の学生による30人ほどのチームだったそうです。
「佐藤ねじ」さんというお名前も、大学生の頃から?

はい。大学に入った頃はイラストレーターになりたいなと考えていたので、ペンネームとして付けました。大学にベトナムから来た留学生がいて、僕のことを「Neji!」って呼んでくれていたんですね。彼に「どうしてNejiなの?」と聞いたら、「ベトナム語でNejiは、『優しい』っていう意味なんだ」と話してくれて。それが名前の由来になっています。

素敵なエピソードですね。

ぜんぶ嘘なんですけどね。

嘘だったんですね……(笑)。

すごくいい嘘だなと思って、いつもこの話をお伝えしています。ベトナム人の友達もいませんでした(笑)。

「佐藤ねじ」さんというお名前はねじさん自ら付けたそうです。

勝算はメジャーではないところにある

大学卒業後は、どんなお仕事に就かれましたか?

空間と広告を交えた仕事がおもしろそうだなと思い、新卒でセールスプロモーションの会社に入社しました。ただ自分のやりたいこととはちょっと違うかなと感じ、半年ほどで退職をして、デザイン事務所に入ったんです。その事務所には4年間在籍したのですが、前半の2年間はグラフィックデザイン、後半の2年間はウェブの仕事が中心でしたね。最初からウェブの知識があったわけではなく、「ねじくん、ウェブもできるでしょ?」と事務所の方に言われ、独学で強引に覚えた感じです(笑)。その後、2010年にアートディレクターとして面白法人カヤックに入社し、2016年にブルーパドルを設立した流れですね。

ねじさんがデザイン事務所に在籍中の2008年に制作した、架空のグッズ提案サイト「prototype1000」は、第12回文化庁メディア芸術祭 審査員推薦作品に選出されました。
ねじさんはカヤック在籍時から、「空いている土俵を探す」という視点でお仕事をされていたとか。このお考えはねじさんが大学時代に演劇に取り組まれていた背景と通じるように感じます。

昔からの僕の思考のクセを言語化したら、「空いている土俵を探す」になったんです。要はみんなが注目していないものの中から勝算を探す方が、僕には向いていた。小学生時代に描いていた漫画も、大学で取り組んでいた演劇もそうです。良い悪いではなく、僕にとってはこっちだったというか。

社名のブルーパドルの「パドル」の意味は「水たまり」。よくビジネスの世界では、まだ競争が少なく、利益が出しやすい「ブルーオーシャン」を目指す場合も多いですが、あらゆることがやりつくされているいま、海のように広がっている手付かずの領域というのは、なかなかありません。だとしたら「ブルーオーシャン」ではなく「ブルーパドル」を探せばいい。海サイズの発見は難しくても、水たまりサイズなら、見つけられるはずなんです。競争が激しい「レッドオーシャン」に囲まれたわずかな隙間にも、「ブルーパドル」なら存在していますので。

ねじさんが企画・デザインしたプロジェクトのひとつ「CODE COFFEE」。「C」や「Java」などプログラム言語の名前を冠したコーヒーで、各種言語のイメージをもとにブレンドしているそうです。
確かにブルーパドルで手がけられたプロジェクトは、思いもつかないようなユニークなものばかりです。

ブルーパドルは「空間体験」、「商品企画」、「WEB」、「PR」、「こども」、「グラフィック」の6つの領域で、コンテンツを生み出すチームです。企業・商品・カルチャーが、すでにもっているものの中から「0から0.1」の伸びしろを見つけ、それを形にしていく。自分たちでコンテンツをつくることはもちろん、「ユニークな切り口で商品企画がしたい」、「変わったコーポレートサイトが作りたい」、「新しいこどもコンテンツが作りたい」といったクライアントからのさまざまな問いを柔軟に分析し、独自の視点によって「0から0.1」をつくり、さらにそれを広げるお手伝いをしていくんですね。

「ブルーパドルの強みはアイデアです」とねじさん。

「0から0.1」は「水平思考」といわれる考え方で、近年はそれがより明確になってきました。水平思考とは既成の論理や概念にとらわれず、自由にアイデアを生み出す方法のこと。たとえばボードゲームのおもしろさを要素分解すると、「リアルに人が集まる」、「ルールがある」、「アナログの遊び」といったコンポーネントがありますよね。その構造を「カフェ」で応用してみると、「メニューを使ってそのカフェ独自のルールをつくる」といったアイデアが生まれます。こんなふうにまったく違うジャンルにもっていくと、新たな伸びしろが見つかるんですよ。やり尽くされたと思われるものでも、視点や土俵を変えれば、「0→0.1」が発見できる。このようなブルーパドル的な発想法で「そうくるとは思わなかった」という驚きを生むアイデアが、僕らの特徴になっています。

「0から0.1」の伸びしろを見つける「水平思考」は、まさにブルーパドル的な発想法です。

独立をしたのは、自分が行きたい島へ向かうため

ねじさんは独立をされる前からとてもお忙しい毎日をお過ごしだったのかなと思うのですが、それでもご自身の作品制作をつづけられていたのですよね。

そうですね。僕は中高生の頃からメモ魔で、何か思いつくとすぐノートにメモをとっていたんです。働き出してからもそれは変わらず、何気なく書いた内容がおもしろい企画につながったり、仕事に役立つアイデアに結びついたりと、いまでもメモをフルに活用しています。

そこで生まれたたくさんのアイデアは、アウトプットしてこそ価値がでる。だけど仕事の成果物としてだけにアイデアを使うのでは、量はとても限られてしまいますよね。そこで僕はデザイン事務所にいた頃から、個人作品や自分のアイデアを公開するサイトなどをつくり、多くの方からフィードバックをもらえる機会をつくったんです。するとTwitterでバズったり、ニュースでも紹介してもらえ、それを見た方から仕事の相談をいただくことも増えていきました。

ねじさんのメモが詰まったたくさんのノート。
作品制作が現在のねじさんにつながっているのですね。ちなみにねじさんはなぜ、独立を決意されたのでしょうか?

カヤックに入ったことで、ビジネス的な視点やPRの視点など、幅広い視野をもつことができました。個人の作品が仕事になることも増え、自分の企画がビジネスになるまでの成功体験も積み重ねていけましたしね。だけどカヤックにはカヤックの船があり、カヤックが進む航路があるんです。ぼんやり見ると、カヤックが向かう島と僕が向かいたい島は近いかもしれない。でもよーく見つめると、僕とカヤックが目指す島は別々で、航路が違ったんですよ。異なる島へ行くには、船を乗り換えなければなりません。だからカヤックのことは大好きだし、感謝してもしきれないけれど、独立を決意したんです。

A4用紙とペンは打ち合わせの必需品だとか。
ねじさんはどのような島を目指したのですか?

僕は「クライアントと制作会社」という関係ではなくて、「一緒に新しいチャレンジをする小規模チーム」となれる関係が築きたかった。上場企業であるカヤックだとどうしてもプロジェクトの規模が大きく、意思決定に携わる人もたくさんいますから、手に届く範囲で密度の高い仕事がしたいなと思ったんです。それに一流のクリエイティブをつくれるチームが、街の小さな蕎麦屋のブランディングに全力を注いでみたら、すごくおもしろそうじゃないですか。

ブルーパドルではプロジェクトごとに異なるプロフェッショナルなメンバーを集めており、第一線で活躍するデザイナー、映像作家、エンジニア、ボードゲーム作家、環境活動家などのチームで、新しいコンテンツを手がけています。

オリジナリティ溢れるアイデアを生み出すために、メモをフル活用されているというねじさん。後編ではねじさんのメモの活用法や発想法などについて、詳しく探っていきます。

 

《プロフィール》


佐藤ねじ(さとう・ねじ)
クリエイティブディレクター/プランナー

1982年愛知県生まれ。面白法人カヤックを経て、2016年にBlue Puddle inc.を設立。主な仕事に「ディスプレイモニタの多い喫茶店」、「アルトタスカル」、「不思議な宿」、「佐久市リモート市役所」、「小1起業家」、「5歳児が値段を決める美術館」、「劣化するWEB」など。2016年10月に『超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方』(日経BP社)を出版。文化庁メディア芸術祭・審査員推薦作品、Yahoo Creative Award グランプリ、グッドデザイン賞BEST100、TDC賞など受賞歴多数。