建築家・デザイナー 寺田尚樹(後編)
- Sketch Creators Vol.3
「立場が変わっても、デザインをする手は止めない」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作の背景を言葉と写真で写しとっていきます。

第3回目にご登場いただくのは、建築家・デザイナーとして多岐にわたり活躍する寺田尚樹さん。紙製模型のブランド「テラダモケイ」やアイスクリームスプーンブランド「15.0%」など、寺田さんは人の心をワクワクさせるデザインを次々に生み出しています。2017年には「Vitra」や「USM Modular Furniture」など、高品質なオフィスファニチャーの輸入販売を中心にさまざまな事業を展開するインターオフィスの代表取締役社長に就任。“企業の経営者”となった現在でも、寺田さんはペンを手に取り、デザインのスケッチを描いているといいます。寺田さんはどのような思いで、それぞれの活動と向き合っているのでしょうか。

「料理も住宅の設計も、考え方は同じなんです」と話す寺田さんは、料理の腕前もプロレベルです。

“アイスクリームスプーン”という新しい市場を開拓

2011年6月に発表された「15.0%」のアイスクリームスプーンは、まさにみんなが驚くデザインでした。手の体温をスプーンに伝えることで、カチカチに凍ったアイスクリームがじんわりと溶け、スムーズにすくえるという斬新なアイデア。熱伝導率の高いアルミニウムの特性を生かした、素晴らしいデザインですよね。「合理的である」というのも、建築家である寺田さんならではのご発想だなと感じます。

「15.0%」に関しては、確信までいかずとも売れる予感はありました。もともとのきっかけは富山県高岡市にあるタカタレムノス/高田製作所さんからの依頼だったんです。高岡は約400年前からつづく鋳物の産地で、タカタレムノス/高田製作所さんでも仏具を中心とした鋳物製造を行っていました。しかし仏具の需要が減り、職人さんたちが手を持て余していると。なので鋳物の技術でつくる新しい日用品のデザインをお願いしたいというご希望があり、「アイスクリームスプーンをつくりませんか?」とご提案をしたんですね。僕としては落ち込んでいた工場の稼働率を、100%に戻すくらいは売れるだろうと思ったんです。現在では生産が全く追いついていない状況です。

「15.0%」のアイスクリームスプーン。左から「No.01 vanilla」、「No.03 strawberry」、「No.02 chocolate」。
それはすごい。「15.0%」は「アイスクリームスプーン」という新しいマーケットを切り拓いた印象があります。「鋳物製品のデザインをお願いします」という依頼に対し、なぜアイスクリームスプーンをご提案されたのでしょうか?

タカタレムノス/高田製作所さんは栓抜きや箸置きなどをイメージされていたので、こちらとしても勇気がいる提案でした。でもアイスクリームが嫌いな人って、そうそういないじゃないですか。デザインをする前からプレゼントにしたくなるものがいいなと考えていて、それがアイスクリームスプーンだったら微笑ましい場面を生み出せると思ったんです。あと、新幹線で買うアイスクリームがカチカチですぐ食べられないことに、じれったさを感じていたんですね。「15.0%」ではストラップ付属のタイプや専用透明ケースも販売しているので、いつでもどこでもアイスクリームをお楽しみいただけます。

「15.0%」の最新作は「No.20 cream soda」。クリームソーダを想定してつくられたアイスクリームストローです。

紙の模型が与えてくれるさまざまな気付き

「15.0%」を立ち上げた2011年には「テラダモケイ」も設立。2008年に発表し、シリーズ化していた「1/100建築模型用添景セット」を中心とするブランドとしてスタートし、現在では“紙の模型”を通じたさまざまな活動を展開されています。

「1/100建築模型用添景セット」の紙のパーツを並べたデザインは、大好きなプラモデルのランナー(パーツを支える枠の部分)をイメージしていて、組み立てなくてもそのまま飾りたくなるグラフィックの美しさを意識しています。

建築設計事務所ではお施主さんにプレゼンをする際、模型をつくるんですね。模型には添景がないと建物の楽しみ方やスケール感、空間の雰囲気などが伝わりづらいのですが、人間を含めた添景をひとつずつ制作するのはけっこう大変なんです……。既製品もあることにはあるんですけど、画一化された印象を与えてしまいますし、どうもキャラが濃すぎる気がして(笑)。それで添景用のパーツのストックがあったらいいなと思い、「1/100建築模型用添景セット」をつくりました。

「1/700建築模型用添景セット スペシャルエディション 機動戦士ガンダム」。左から「G01」、「G02」、「G03」。

「テラダモケイ」はモノに縮尺とディテールを与えることで生まれる、造形の可能性の追求を目的に立ち上げました。1/100スケールは建築模型ではもっともポピュラーな縮尺なので、汎用性があり、いろいろなサイズの建物を表現できます。ただ本物の形状や要素をそのまま1/100に縮尺しても、臨場感があって感情移入できる模型にはならないと思うんですね。再現性の高い模型は、超絶技巧の職人さんの領域になってくる。「1/100建築模型用添景セット」は、要素を間引き、ディテールをつくり込まず、縮尺を介在させてディフォルメを施すことで、想像する余地を残しています。模型をつくったり鑑賞したりする楽しさは、ここにある気がするんですよ。

「1/100建築模型用添景セット No.11 お花見編」。決められた完成形はないので、自分が表現したい世界を自由につくれる楽しさもあります。
現時点(2021年5月現在)で発表されているスタンダードなシリーズは93種類。No.1〜No.3までは「住宅編」、「オフィス編」、「基本編」と実際の建築模型で活躍しそうなテーマですが、「No.59 現場検証編」や「No.73 人間ドック編」など、思わず笑ってしまうようなユニークなテーマも多いですね。

日常の何気ない風景を模型にしようと考えました。当たり前になりすぎて、みんなが見過ごしてしまっているようなもの。東京都の一部のガードレールは都のシンボルマークであるイチョウをモチーフにしたデザインなのですが、普段はあまり意識しないですよね。そんなイチョウのガードレールは、「No.5 東京編」のパーツで採用しています。模型にすることで、「そうそう、そうだよね」という気付きになったらいいなと思うんです。

手にしているのは著書『紙でつくる1/100の物語 テラダモケイ完全読本』(グラフィック社)。第2弾となる『紙でつくる1/100の世界 テラダモケイの楽しみ方』(グラフィック社)も。

「No.59 現場検証編」は、まぁ実際の事件現場に遭遇した方はそんなにいないでしょうけど、テレビドラマや映画の世界では日常の風景ですので(笑)。「このテーマで制作しよう」というラインアップはある程度決めていて、「No.29 忠臣蔵・討ち入り編」、「No.39 忠臣蔵・松の廊下編」、「No.54 忠臣蔵・墓前に報告編」は赤穂浪士討ち入りに合わせて年末にリリースしたり、「NO.68 ひまわり編」は夏前にリリースしたり、シーズナリティも踏まえています。たまに時事ネタも挟むのですが、「No.40 海女さん編」はちょっとタイミングがあまかったですね(笑)。(NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の放送期間は2013年4月〜2013年9月、「No.40 海女さん編」の発売は2014年1月)

「テラダモケイ」は寺田さんが印刷から加工まで一貫した製造を行う福永施工とともに立ち上げたブランドです。

“デザイナー”が“経営者”になるということ

2014年からはインターオフィスの取締役を務め、2017年には同社の代表取締役社長に就任されています。そこにはどのような経緯があったのでしょうか?

創業者の原田孝行さんに「インターオフィスを手伝ってほしい」と声をかけていただいたんです。正直、とても迷いましたが、「お応えするべきだ」と自分の中で結論を出しました。決断へ繋がった大きな理由は、「デザイナーが経営を担うことで、価値ある変化が生まれる」といった原田さんのお言葉に魅力を感じたことです。デザインを扱う企業で、デザイナーが経営者を兼任しているところってないんですね。自分でデザインをした経験があるか否かで、デザインへの理解度はずいぶん変わります。僕には設計やデザインといったバックグラウンドがあるので、一企業としてもユニークだと思いますよ。

東京・青山にあるインターオフィスのオフィス兼ショールーム。
寺田さんが経営に携わるようになったことで起きた変化はありますか?

インターオフィスが家具を仕入れているヨーロッパのメーカーは、デザインに対する意識が非常に高い。彼らと対等に話すには、彼らと同じくらいデザインを理解する必要があります。ゆえに僕がデザイナーであるということは、彼らから信頼を得るきっかけになるんですよ。

あるヨーロッパの椅子メーカーとの最初の商談では、僕はデザインの話しかしなかったんです。バウハウスやバウハウスに携わった建築家の話をして、彼らに共感してもらえました。「取引を希望する日本の商社はいくつもあったけど、お金の話をしなかったのは君だけだよ」と言われたのですが、僕はお金を商談の材料にしたくなかったんです。まずは自分がそのメーカーの背景やデザイン、ブランドの価値をちゃんと理解している人間であることを、きちんと伝えたかった。彼らは僕を信用してくれましたし、インターオフィスでの取り扱いも決まったので、とても嬉しかったですね。

インターオフィスでは2017年にKnoll Japanを立ち上げ、寺田さんはここで副社長を兼任。ショールームの空間デザインは寺田さんとインターオフィスのデザインチームが手がけています。Showroom Photo:Kenji Masunaga

ビジネスですから、取引条件も日本で売れることも、もちろん大事です。しかし一過性の爆発的な売れ行きによって値崩れを起こしたり、飽きられてしまうようではいけません。彼らがもっとも気にかけるのは、ブランドの価値や製品のクオリティをしっかりと日本に伝えてくれるかどうか。インターオフィスは彼らの代弁者といえる存在でなければならないんです。

そのような関係性こそが、本来の意味での“パートナー”なのでしょうね。

僕らは真のパートナーになりたい。家具を卸してもらい、我々が売るだけの関係性では、仕事上での上下関係が生じます。つまりお金だけの関係なので、日本で家具が売れなくなると関係が終わるんですよ。だけど互いに理解し合えているパートナーであれば、たとえ売れ行きが落ちても関係性は崩れず、「苦楽をともにしよう」となります。仕事を通じて出会ったとしても、「また一緒にごはんを食べよう」と言い合える仲間になった方が素敵じゃないですか。

「1/100建築模型用添景セット スペシャルエディション Knoll編」。「バルセロナチェア」や「ベルトイアチェア」など、Knollを代表する名作チェアを再現しています。

紙に描くことで、考えがまとまっていく

インターオフィスの社長に就任されてからも、デザインをされているのですか?

ええ、オフィスファニチャー生産に高い実績をもつイトーキさんとインターオフィスとのコラボレーションブランド、「i+(アイプラス)」のプロダクトは僕がデザインしています。やっぱり他の人がやらないことをやりたいんですよ。

「i+」のホワイトボード「001 WHITE BOARD W860」。ハイクオリティなファニチャーにマッチし、空間の印象を格上げする洗練されたデザインです。

「i+」はホワイトボードやパーテーション、コートスタンドなどを展開するオフィスアクセサリーブランドという位置付けです。オフィスファニチャーを扱う企業として、補完しきれていない“隙間”のようなものを感じていました。それがオフィスアクセサリーにあたるのですが、とくにホワイトボードには疑問があって、うちの取り扱い家具と合わせられる製品がないなと常々思っていたんですね。やっぱり自分が使いたいものしか、デザインできないですよ。アイスクリームスプーンも「1/100建築模型用添景セット」も、まさにそうだといえます。

寺田さんが描いたオフィスアクセサリーブランド「i+」のスケッチ。

スケッチはいまでも手描きです。若手のデザイナーや学生さんはすべてPCかもしれませんが、世代間の違いなんでしょうね。僕らの世代はまず手で描いて、そこからデジタルに置き換える。“手で考える”というか、描きながら考えられますし、描くことで考えを確認できるんです。

コンピューターだと「ここをセンター揃えにしよう」とか、「ここの角Rはいくつで」とか、先に色々決めておかないと描けない。手描きだと直感的に描けるうえ、思考の跡が残ります。何度も描き直しているところは紙がボロボロになっていたりして、後から見返したときポイントごとの重要度も読み取れるんですよ。

「ステッドラーの鉛筆とロッドリングのシャープペンシルは、20〜30年もの間、買い直しながら使っています。『レポートパッド』も好きで、描き心地も紙をはがすときのピリピリ感も最高なんです」と寺田さん。

ツールはステッドラーの鉛筆とロットリングのシャープペンシルを愛用しています。紙はマルマンさんの「レポートパッド 5mm方眼罫」が好きですね。手元にないときやA3サイズがほしいときは、イラストレーターで5mm方眼のパターンをつくり、プリントアウトして使います。スケッチを描くときも文字を書くときも、罫線よりグリッド派。罫線だと字の大きさやピッチが決められてしまいますが、グリッドだとサイズも使い方も自分でコントロールできるので。

2020年に「ATELIER MUJI GINZA」主催で開催されたオンラインデザイントーク「テラダセンセイの今さら聞けないモダンファニチャー史 ver.2.0」のために手描きで制作したというレジュメ。
幅広いご活躍をされてきた寺田さんにとって、ターニングポイントはいつでしょうか?

“いま”ですね。これまではいろんなことをマルチに手がけるのが、自分の価値だと思ってきました。でも最近はインターオフィスで僕にできることを、改めて考えるようになったんです。まだ思考を整理しているところなので、きちんと言葉にするのは難しいのですが……。「テラダモケイ」は仕事というか、もはや趣味に近いかな。僕がやらなければダメなものなんです(笑)。

寺田さんが座っているのはvitra.の「スツール ツール」。コンスタンチン・グルチッチ氏によるデザインで、多目的に使える“道具”として開発されたそうです。

 

《プロフィール》

 

寺田尚樹(てらだ・なおき)
建築家・デザイナー

 

1967年生まれ。明治大学工学部建築学科卒業。Architectural Association School of Architecture(AAスクール/イギリス・ロンドン)修了。帰国後、2003年にテラダデザイン一級建築士事務所を設立し、建築、インテリアのほか、家具やプロダクト、サインデザインも手がけ、ブランド構築を行う。2011年に「テラダモケイ」と「15.0%」、2015年に「i+」を設立。2014年、インターオフィス取締役。2017年よりインターオフィス代表取締役に就任。