明和電機 代表取締役社長 土佐信道(後編)
- Sketch Creators Vol.5
「不可解なイメージをスケッチすることが、すべての出発点」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真で写しとっていきます。

第5回目にご登場いただくのは、アートユニット・明和電機の代表取締役社長である土佐信道さんです。明和電機の仕組みや「ナンセンスマシーン」が生まれる背景、スケッチを手描きする理由など、土佐さんの思考に迫ります。

土佐さんが中学生時代に描いた胎児のスケッチ。「サバオ」(13週目の胎児の顔のピストル型腹話術人形。メインヴィジュアルで土佐さんが手にしているもの)に似ています。当時はマルマンのスケッチブック「オリーブシリーズ」によく絵を描いていたとか。今では、当時の作品を整理する際のスクラップブックとしても愛用されているそうです。

明和電機の「コア部」で行われていること

土佐さんは画家のような芸術家的要素と、お父さまから受け継いだエンジニア的要素が融合された、唯一無二のアーティストという印象を受けるのですが、それぞれの要素は明和電機の中でどのように機能していますか?

芸術家とエンジニアに加え、「目立ちたがり屋」の要素も入るのが明和電機だと思っています。明和電機の「マスプロ芸術」が生まれる仕組みは、トップに「コア部」があり、技術スタッフである工員さんがいる「開発部」で「芸術資源」が生まれ、そこから「マスプロダクト」、「マスプロモーション」という2つの「マスプロ」に落とし込んでいくんですね。

この一番上にあるコア部は明和電機の中枢。僕の中にある得体の知れない「不可解」なイメージをとらえ、スケッチという方法で外に取り出す場所です。これが芸術家的思考。出てきたイメージをカタチにしていくのが、エンジニア的思考です。僕はスケッチを図面化するので、工員さんたちとイメージを共有できる。この点もまさにエンジニア的思考ですね。

音楽と一緒なんです。楽譜を書けば、みんなに伝わるじゃないですか。で、ここまでの方はけっこういらっしゃるのですが、明和電機は青い制服を着て自らステージに立ってしまう(笑)。そこが目立ちたがり屋の要素であり、プレゼンテーションアートだと考えています。

明和電機の仕組みをあらわした図。『明和電機ジャーナル』は2013年より年に4回発行されています。
コア部は土佐さんお一人なのですよね。

そうですね。お兄ちゃんですら入れませんでした(笑)。コア部で自分の中にある不可解をスケッチするのは、不可解を論理の針で釣り上げる感覚なんですよ。エンジニアの方は、不可解を排除し、分かる部分だけを取り出してカタチをつくります。「空を飛びたい」と思ったとき、分からない部分が入っていたら、飛行機のようなものは完成しませんよね。そもそも飛ばなくなってしまう。でも明和電機がつくる芸術的な機械の場合は、分からない部分を排除しないんです。最終的に分からない部分だけが残り、それをカタチにする。「オタマトーン」でも「どうして顔が必要なのか?」といった分からない部分の在り処を見つけるために、論理を使うんです。

一般的な機械は、何かしら人間の役に立つ。でも芸術界隈に登場する機械は役に立ちません。ヨーロッパでつくられた機械人形のオートマタや日本のからくり人形もそう。人間は動物以外のものが動くことに恐怖心を抱き、「なんかやばいぞ」っていう気持ち悪さがエンターテイメントになります。だけど僕にはエンジニアの血が流れていて、人間の常識を超えるものをつくりたいという欲求があるんですね。僕はそれを「超常識=ナンセンス」と呼び、超常識をもった機械「ナンセンスマシーン」を開発する動機につながっています。

「明和電機のアトリエはナンセンスマシーンを捕獲するための“船”です」と土佐さん。土佐さんという船長のもと、工員さんというクルーとともにさまざまな製品の開発が行われています。
「サバオ」や「パチモク」のようにマスプロモーションとして人に見せるものと、オタマトーンのように量産されるマスプロダクトでは、生み出す際に思考のスイッチを切り替えているのですか?

僕の中では一緒です。オタマトーンの見た目は可愛いですけど、「声」の不可解さが気になったことを発端に生まれました。コア部で「声ってなんだろう? なんか気持ち悪いな」と思い、機械に落とし込んだら「おもちゃになるんじゃないかな?」と感じ、オタマトーンになっていったんです。不可解はずっと残っているんですよ。楽器に顔は要りませんが、表情があるのも不可解のひとつです。

このようなプロセスですごく重要なのは、僕がピンク・レディーを踊れるということ。電気屋の格好だってできるんです。これがスカした「ザ・芸術家」だったらできませんよ。こんなダサいことは(笑)。吉本興業所属だった頃は、なんばグランド花月の舞台にも立ちましたからね。芸術家としてのプライドがないのではなくて、こっちの方が面白いんです。見たことないし、アバンギャルドだし、変じゃないですか。B級感がいいんです。

幅広いラインアップで展開されている音符の形をした電子楽器「オタマトーン」。黒い部分の「シッポスイッチ」を押すと音が出る仕様。シリコン製の頭の頬を押して口がパクパクさせると、音が変わります。

スケッチは優れた記録・再生メディア

(笑)。B級感は芸術への親しみやすさにもなりそうですね。土佐さんはご自身の中にある不可解を取り出す際、スケッチという手法を取られているとのこと。なぜデジタルではなく手描きを選ばれているのでしょうか?

痕跡が残るからです。そして僕は不可解の探求のために何枚も何枚もスケッチを描くので、その物量感は「これだけやったぞ」という自信にもなります。スケッチを重ねると、「分かっているつもりだったことも、実は分かっていなかった」と明確になりますし、不可解のイメージがしっくりくるまで延々とループできる。しかも超低コストです。

過去のスケッチでも、見返すと描いたときの思考が一気に蘇ってくるのは手描きだけですね。モニター越しでもコピーでも無理。紙は記録メディアであると同時に再生メディアでもあります。記録と再生がシンプルであればあるほど、人間はリアルに記録を再現できるんですよ。蓄音機と似ているかもしれませんね。あれは声によって振動した針がプラスティックの板を刻むことで録音され、刻まれた溝から針が振動を拾い上げてサウンドボックスで再生されるという非常にシンプルな仕組み。ゆえに生々しい声が取れるんです。

明和電機のアトリエ内にある社長室。壁側に設置されたキャビネットには、クリアケースに分類されたスケッチの数々がズラリと並んでいます。

あと、デジタルだとソートができないじゃないですか。ひとつのものを描き続ける単一タスクならデジタルでいいと思うんですけど、僕は同時進行で20コくらいのことを考えているので、ソートができないと困ってしまう。だからノートも使えないんですよ。後に紙を並べて分類し、思考を整理していくために、A4サイズのレポート用紙を使用しています。

「並べる」ことも重要なのですか?

ソートをするためです。進化論を提唱したチャールズ・ダーウィンを例にすると、彼は測量船ビーグル号にのって島々を巡り、行く先々で動植物の標本を集めまくりました。ソートのことは考えず、もう乱獲です。そしてイギリスへ戻り、大量の標本を分類・分析していく。採集する「フィールド・ナチュラリスト」だったのが、今度は分析する「キャビネット・ナチュラリスト」になったんです。あーでもないこーでもないと標本を並べ替えていくうち、「つながっとるやん!」となり、進化論につながったわけですね(笑)。僕のスケッチも、描きまくるのはフィールドワーク、整理するのはキャビネット。両方がないとアイデアはまとまりません。

スケッチは100円ショップで購入したクリアケースに入れ、タイトルをつけてからキャビネットに収納するそうです。

アイデアを引き出してくれる紙とペンを選ぶ

土佐さんは作品やスケッチを中学生時代のものからすべて残されているそうですね。

たぶん自分が好きなんだと思います(笑)。作家って2タイプあって、作品がうんこの人と、作品が子どもの人がいるんですね。パブロ・ピカソはうんこタイプで、とにかく作品をつくりまくる。マルセル・デュシャンは子どもタイプで、作品を大事にする。僕は子どもタイプ。自分というナンセンスマシーンに興味があるんですよ。

明和電機のHPにある「スケッチライブラリー」では、1993年から2013年までに描かれたすべてのスケッチを無料公開されています。インターネット上で公開するにいたった背景とは?

サービスです。自分のスケッチをみせびらかしたい(笑)。スケッチを見て、僕を分析してくれる人が出てきたら面白いですよね。僕自身が見つけられていないこともあるでしょうし。

舌(ベロ)をはじくと音が出る楽器「ベロミン」のスケッチ。「スケッチライブラリー」では、ベロミンやオタマトーンといったおもちゃをはじめ、明和電機の4つの製品群(ボイスメカニクスシリーズ、エーデルワイスシリーズ、魚器シリーズ、ツクバシリーズ)などのスケッチが公開されています。
スケッチを描く筆記具にもこだわりがあるとか。

紙とペンって、レーシングコースと車みたいなものなんです。レーシングコースが紙で、車がペンですね。突っかかるとダメで、スピード感がすごく大事。だから何でもいいというわけにはいきません。「この車で勝てって言われても無理」みたいな(笑)。

「弘法筆を選ばず」ということわざがありますが、僕は、筆は選ぶべきだと思います。お気に入りはぺんてる社の「トラディオ・プラマン」。「プラマン」から数えると20年以上愛用していて、「土佐ペン」と呼ぶほど馴染んでいます。プラマンがないとアイデアを引っ張り出せないんですよ。細い線から太い線まで描けることや多めのインクの描き心地が好きで、紙はプラマンとの相性を意識して選んでいます。

土佐さんが愛用している筆記具。「マルマンさんの『ノートパッド&ホルダー ウィズ5ポケッツ ニーモシネ A4』は、ポケットが5つあるので分類がしやすいですね。ポケットが透明なので、何が入っているのか分かりやすいのもいい」と土佐さん。

明和電機として抱くこれからの夢

明和電機は2023年に設立30周年を迎えます。改めて芸術家として表現していきたいものについてお聞かせください。

えっ…………。なぜすんなり答えられないんでしょうね(笑)。僕にとっては「あなたはなぜ生きているんですか?」という質問と同義なのかもしれません。悟りの追求のようなもので、生きていく過程で変化する不可解を、つくっては検証し、つくっては検証し、淡々と繰り返している感じ。不可解は、僕のすべての出発点です。

最後に、明和電機としての夢はありますか?

夢ですか? これまた哲学的なことを……。たぶん、よく耳にする「アメリカン・ドリーム」や「月へ行くぞ!」といったことは目標設定だと思うんです。企業なんかは社員一丸となるために目標設定が必要ですけど、芸術家にとって一番大事なのは変化なんですね。ピカソもどんどんモチーフを変えていきましたし。特定の時期に抱く夢は年月とともにチープになっていくので、夢を聞かれると「うーん」となるというか……。そうだな、夢は変化しつづけることです!

「アイデアという魚に餌をあげるため、いろんな本を読んだり、好奇心を抱いた方向について調べたりしています」と土佐さん。

 

《プロフィール》

 

土佐信道(とさ・のぶみち)
明和電機 代表取締役社長

 

1967年兵庫県生まれ。1992年筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。1993年兄・正道とともにアートユニット・明和電機を結成、代表取締役副社長就任。2001年前社長・正道の定年退職にともない代表取締役社長就任、現在に至る。青い作業服を着用し、作品を「製品」、ライブを「製品デモンストレーション」と呼ぶなど、電気屋のスタイルで活動。既成の芸術の枠にとらわれることなく多岐にわたり、国内のみならずヨーロッパ、アジア、アメリカなど海外でも広く展開。展覧会やライブパフォーマンス、楽曲制作、執筆、作品をおもちゃや電気製品に落とし込んでの大量流通など、絶えず新しい方法論を模索している。