芸人 ナイツ・土屋伸之さん(後編)
- Sketch Creators Vol.10
「自分の絵が世界にひとつだけの宝物になる」
sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真でうつしとっていきます。
第9回目となる今回は、人気お笑い芸人ナイツの土屋伸之さんにご登場いただきます。写実的で生き生きとした瞬間をとらえる表現が魅力の、土屋さんの絵画作品。後編では土屋さんが絵を描く際の工程や絵に向き合う姿勢など、盛りだくさんで語っていただきました。
作品制作のポイントは下書きと構図決め
土屋さんはどのような工程で絵を描かれているのですか?
いまは水彩色鉛筆をメインに使っているのですが、絵を描く際は下書きと構図決めにすごく時間をかけていますね。僕は写真を模写するように絵を描くので、ベースとなる写真にデジタル処理で罫線を入れ、それと同じように紙に4cm単位でマス目を引いていくんです。写真と絵の位置がずれていると、途中でやる気を失くしてしまいますし、描き直すのにも時間がかかりますから。自己流ですが僕にはこのやり方が合っていました。
スケッチブックに書かれた新作の下書き。マス目の中には小さな十字線も入れられています。
綿密に計算されながら、絵を描かれているのですね。
下書きと構図決めに数時間。ほとんど線を描く時間ですが(笑)。ここから薄いところから濃いところへ、といった流れで色をのせていきます。もっとも濃いところは水彩ではなく色鉛筆で仕上げていく感じですね。影を濃くするとモチーフが浮かび上がってくるので、暗い部分は色鉛筆をがっつりと。薄いところから徐々に色を塗っていくので、大きな失敗はほとんどないですよ。
2013年、フランスの凱旋門賞に出走した際のオルフェーヴル。騎乗したクリストフ・スミヨン騎手の表情までしっかりと描かれています。
馬の生命の輝きが吹き込まれてる、素晴らしい作品ですね。濃淡や陰影の付け方、グラデーションの表現など、絵の技法はどこかで学ばれたのですか?
いやいや、すべて独学です。見本となる写真をとにかく見ていますね。『プレバト!!』の先生によるアドバイスも、参考にさせていただいています。
独学とは、すごい才能です。紙はケント紙をお使いなんですね。
「色鉛筆で絵をかくのならケント紙がいいよ」と勧められてケント紙を使っているのですが、ケント紙で水彩画も描けるのかが分からなくて、マルマンさんに聞こうと思っていたんです。
向き不向きはありますが、どんな紙でも水彩画を描くことはできます。ただ思うように色が混ざらなかったり、水を吸いすぎてしまったり、にじまなかったり、といったことが起きてしまうので、マルマンで出している「ヴィフアール水彩紙」のような専用の紙を使われた方が「適している」とは言えますね。
なるほど。水彩紙、使ってみようと思います。
土屋さんご愛用の画材。鉛筆は2Bから8Bまで芯の濃いものを揃えられています。消しゴムは「細かい線も消せる」という理由から、ノック式のペン型を使用。
自分で描いた絵を観ることが好き
絵を描いてみたいと思っている方へ絵の魅力を伝えるとしたら、どのような言葉を贈りますか?
うーん、僕は自分で描いた絵を観るのが好きだから、難しい質問ですね。自分の目の保養のために描いているところがあるので(笑)。ただ時間をかけて描いた大好きな馬の絵は、世界にひとつだけの宝物になるんです。どんなに高価なものより、大切なもの。だから「自分で宝物をつくれるよ」とかでしょうか。まぁ僕の場合は、自己満足なんですけど(笑)。
貴重な作品の数々を見せていただきました。左側の白い馬は、牧場でゆったりした日々を過ごす晩年のオグリキャップ。オグリキャップが亡くなった後に描かれたそうです。
そんな土屋さんの宝物を「鑑賞したい!」という方は多いと思うのですが、個展を開催されるご予定は?
いやぁ、いまのところはないですね。まだ絵画は50点ほどしかないですし。絵だけの個展を開かれている方は多いので、3Dプリンターでもっといろいろな作品を生み出せるようになったら、やってもいいかもしれませんね。
いつか開催されるであろう土屋さんの個展を楽しみにしています。「絵を描くこと」と「漫才」の共通点はありますか?
師匠の内海桂子は「漫才というのは、言葉で絵を描くものなんだよ」と、言っていたんですね。「漫才を聞いている人が、その情景を思い浮かべられるような言葉を使いなさい。それが漫才師なんだ」と。これは「言葉を磨きなさい」という教えで、本当に「絵を描け」ってことではないんですけど(笑)。実際、僕の中で絵と漫才が上手くリンクしているのかは分かりませんが、まったく別物だから楽しいのかもしれないですね。漫才はしゃべる時間、絵は無口になって集中する時間ですから。
内海桂子師匠のお言葉は、芸人という職についていなくとも胸に響きます。
漫才も絵も、上達していくことが楽しい
ナイツさんのお弟子さんであるお笑いコンビ、なんとかずさんのYouTubeで、土屋さんは「いまでも漫才の技術の上達を日々感じている」とお話されていました。絵に対しても同じように感じられているのですか?
絵はまだまだです。まったく極めていないので。でも上達していくことは楽しいですよね。何事においてもそういうのが好きなのかもしれません。やりがいがあります。
「絵は描けば描くほど上達すると思っています」と土屋さん。
これほど高い画力をおもちなのに、土屋さんの絵を使った漫才のネタはありませんね。
絵は僕の自己満足だから、使うことはないですね。ナイツの漫才では、塙さんがやりたいボケをやらせてあげたいんです。それが僕らが一番イキイキとできる漫才ですし、お客さんが見たい漫才でもあると思うんですよ。
塙さんは土屋さんの絵を見て、なんとおっしゃっていますか?
ぐうの音も出ないですよね。だって塙さんより僕の方が、どう考えても絵が上手いですから(笑)。いじったところで面白くないんです。
土屋さんのご自宅では、トカゲやイモリを飼っているそうです。
なるほど(笑)。ご家族の反応はいかがですか?
子どももカミさんも絵が好きなので、家族みんなで絵を描いてコミュニケーションをとっています。子どもは独創的な生き物や自分で考案したキャラクターを描いたり、生き物の模写をしたり、ずっと絵を描いていますよ。カミさんはアニメのキャラクターを描くのが得意みたいですね。
だけど子どもには僕が本気で描いた絵を、そこそこ成長するまで見せていなかったんです。いつか見せてやろうとは思っていて、ちょっと大きくなったときに見せてみたら、子どもは泣きました(笑)。
自分のお父さんがこんなに絵が上手だったら、嬉しくて感動してしまいますよね。
いや、悔しくて泣いたんです。「いままで僕の絵を上手いとかいって、だましていたのか!」って(笑)。カミさんはその様子を見て笑っていました。
そっちでしたか(笑)。微笑ましいエピソードをありがとうございます。
土屋さんのお子さんは魚がお好きのようで、将来は研究者の道を目指しているそうです。
子ども時代からつづく一人遊び
土屋さんのご趣味といえば、絵のほかにご自身で考案された「消しゴムサッカー」、通称「消しサカ」も知られていますよね。
10歳のときに考案し、20歳くらいまで消しサカに没頭していました。僕の青春は消しサカに捧げたといっても過言ではありません(笑)。消しサカをざっくり説明すると、キン肉マンなどのゴム製フィギュアを選手に見立ててテーブルに並べ、ノック式ボールペンのバネが戻る力で選手を弾き、ボール代わりのサイコロを飛ばして点数を競うサッカーゲームです。僕にとってはテーブル上でヨーロッパリーグが開かれているイメージなんですよ。サポーターの大歓声まで聞こえてきます。
「消しサカのYouTubeチャンネルにお寄せいただく視聴者さんのコメントもすごく嬉しいんです」と土屋さん。
対戦形式を想定しつつ、実際は僕ひとりで2チームを動かしているんですけど、ボールペンから手が離れた瞬間、そこから先のプレーは選手の力によるものなんですね。僕はあくまできっかけを与えるだけにすぎず、想像もつかない方向へボールが飛んでいく。選手の魂でプレーしているので、僕はいち観客としてもゲームを楽しめるわけです。2019年には満を持してYouTubeチャンネル「つちやのぶゆき 世界消しサカ協会 Nobuyuki Tsuchiya WEFA」を開設。これまで自分だけでプレーしていた消しサカをいろんな方に観ていただけることが、もう夢のようで。
土屋さんのYouTubeチャンネル「つちやのぶゆき 世界消しサカ協会 Nobuyuki Tsuchiya WEFA」では、消しサカに関するさまざまなコンテンツを発信されています。
消しサカへの熱い思いが伝わってきます。絵を描くこと、消しサカ、3Dプリンターなど、ひとり遊びがお好きなんですね。
そうですね。とくに子どもの頃は一人遊びばかりしていました。お笑いに出会い、人と遊ぶことを覚え、やっと人とコミュニケーションをとれるようになった気がしています。引きこもりから抜け出せたのは、お笑いのおかげ。絵と消しサカだけだったら、相当ヤバかったですよ(笑)。お笑いがあってよかった。
絵の分野において、これからの夢はありますか?
これといった目標はないかな。でも僕にとっての絵は、馬への愛を表現したものなんです。馬が好きな方々に僕の絵を観ていただける機会があったら、嬉しいですね。
「ビワハイジのような運命的な出会いがあれば、その馬をとにかく描き倒したいです」と土屋さん。
《プロフィール》
土屋伸之(つちや・のぶゆき)
芸人
1978年東京都生まれ。2001年、大学の先輩であった塙宣之さんとともにお笑いコンビ、ナイツを結成。ツッコミを担当する。2003年「第2回 漫才新人大賞」大賞、2008年に「お笑いホープ大賞 THE FINAL」大賞と「平成20年度 NHK新人演芸大賞」演芸部門大賞、2008年〜2010年「M-1グランプリ」の決勝に進出、2011年「THE MANZAI 2011」準優勝、2013年「平成25年度文化庁芸術祭 大衆芸能部門」優秀賞受賞、2016年「平成28年度(第67回)芸術選奨」大衆芸能部門 文部科学大臣新人賞と「第33回浅草芸能大賞」奨励賞など、受賞歴多数。テレビ、ラジオ、ドラマ、寄席など、実力派芸人として幅広い分野で活躍中。漫才協会の常務理事も務めている。
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