芸人 ナイツ・土屋伸之さん(前編)
- Sketch Creators Vol.10
「絵を描いていると、人生が充実していく」
sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真でうつしとっていきます。
第9回目となる今回は、人気お笑い芸人ナイツの土屋伸之さんにご登場いただきます。土屋さんの特技は「馬の絵を描くこと」。その画力の高さは芸能人の隠れた才能をランキング形式で発表するテレビ番組『プレバト!!』などでも発揮され、多くの視聴者を魅了しています。前編では土屋さんが馬の絵を描くようになったきっかけや魅力についてお伺いしていきます。
絵を描くきっかけは、運命を感じた馬との出会い
幼少期から絵を描いたり、何かものをつくったりすることがお好きだったのですか?
絵を描くことや図工の時間なんかは好きでしたね。でも熱中していたというほどではないですよ。小学生の頃、漫画家になりたいなと思った時期もありましたけど、当時は将来の夢がコロコロ変わっていたので。好きだった漫画は『ゲゲゲの鬼太郎』や『おぼっちゃまくん』。妹が読んでいた『NANA』や『お父さんは心配性』などの少女漫画を含め、いろいろ読んでいました。漫画のキャラクターをノートに描いたり、『ウルトラマン』の模写はよくしていましたね。
土屋さんは小学生時代、『月刊コロコロコミック』を愛読されていたそうです。
現在の土屋さんの特技のひとつである、馬の絵を描くようになったきっかけをお聞かせください。
高校生のとき、『ダービースタリオン』という競走馬育成ゲームを友達とやっていて、「本物の競馬場に行ってみよう」という話になったんです。高校生なので、馬券はもちろん買えません。ただ実物のサラブレッドを目の当たりにし、感動してしまって。500kg前後の馬体の迫力、力強い息遣い、輝く馬の毛色の美しさ、すべてに圧倒されました。その後、友達みんなで東京競馬場の敷地内にある競馬博物館へ行き、1977年の有馬記念の記録映像を観たんです。トウショウボーイとテンポイントの激闘は衝撃的でしたね。それがスポーツとしての競馬にハマった契機になりました。
「どこか紳士的な雰囲気を醸し出している、競馬場の雰囲気も好きになりました」と土屋さん。
ゲームではないリアルな競馬を好きになり、今度は競走馬をデビュー戦から応援したいと思うようになったんです。アイドルやミュージシャンを青田買いするファンみたいに。そう決めた最初のレースが1995年の新馬戦。出馬表をみたら、ビワハイジという小さくて黒い牝馬がいたんですね。赤いメンコ(馬の覆面)も可愛くて、応援をしていたら優勝してくれたんですよ。ビワハイジはつづく札幌3歳ステークス(GIII)、阪神3歳牝馬ステークス(GI)でも勝利し、「この馬だ!」と推した馬が、トントン拍子に勝っていったのがめちゃくちゃ嬉しくて。それでビワハイジに運命を感じたんです。競馬週刊誌のグラビアを見ていたら居ても立っても居られなくなり、気が付くとビワハイジの絵を描いていました。
2014年にアラブ首長国連邦・ドバイで開催されたレース、ドバイデューティフリー(現・ドバイターフ)にて勝利したジャスタウェイ。画材は色鉛筆を使用したそうです。
いままで味わったことのない喜びを実感する
ものすごい衝動だったのですね。
目から入ったビワハイジの姿が、僕の身体を通り、指先からアウトプットされていく。ビワハイジの絵を描くことは、いままで味わったことのない喜びが実感できる、初めての体験でした。陰影や濃淡を入れて写実的に描こうと思ったのも、ビワハイジが最初ですね。その頃は色を付ける技術がなかったので、2Bの鉛筆で描いた気がします。
土屋さんのビワハイジへの愛を感じます。
ビワハイジは僕の初恋の相手です。絵にすることでビワハイジをより一層好きになり、ますます愛おしくなりました。やっぱり絵に描くと、馬の筋肉のつき方や毛色の濃淡などがよく分かるんですよ。それがすごく楽しかった。ただ何をトチ狂ったのか、当時描いたビワハイジの絵は、若手時代にライブの景品でお客さんにあげてしまったんですよね。あれはいまでも後悔しています……。
現在は、馬の絵を誰かに譲ることはほぼないそうで、ご自身の作品はずっと手元に置いているのだとか。
カッコいいから、馬を描きたい
ビワハイジを描いてから、ほかの馬も描くようになったのですか?
高校生の頃に描いていたのはビワハイジとファレノプシスだけですね。大学に進学後は、気になる馬が出てきたら描いていたくらいで。改めてちゃんと馬の絵を描こうと思ったのは芸人になってからの、2002年とか2003年じゃないですかね。自分の特技として意識するようになったというか。
僕は馬の四肢が躍動する瞬間のポージングが好きなんですよ。4本の脚のどれかが地に着いている状態や、4本とも宙に浮いている状態など、いろんなパターンを描きたくなります。写真を見ながら絵を描くタイプなので、たくさん写真を探すんですね。気に入ったアングルの写真、正面から馬をとらえた写真、胸前の筋肉がカッコいい写真など、さまざまなポージングを描きたくて。馬は綺麗だから、描いていてすごく楽しいです。
2010年の皐月賞と有馬記念、2011年に日本馬として初めてドバイワールドカップで勝利したヴィクトワールピサ。「強い馬は馬体のバランスもいいので、やっぱりカッコいいですよね。正面の馬の絵もけっこう好きなんです」と土屋さん。
なぜ馬ばかりを描くのですか?
僕にとって、馬が一番カッコいい動物だからだと思います。たまに「うちのペットを描いてくれ」ってお願いされることがあるんですね。だけど馬以外は30分しか集中できない。馬は集中して描いていられるんですよ。もう何十時間でも描きつづけられます。先日、お世話になっている方から頼まれてインコを描いたのですが、喜んでくださったのは嬉しかったものの、苦行のようでした(笑)。ただ『プレバト』のおかげで馬以外も描くようになり、以前ほど辛くはなくなりましたけどね。カッコいいなと思えるモチーフは、やっぱり描いていて楽しいです。
撮影中にササッと描いてくださった馬の絵。手元に紙とペンがあると、気がつくと馬の絵を描かれているそうです。
だいたい1枚の馬の絵にかける時間は20〜30時間ですが、描いていないときもスマホで撮った自分の絵をずっと眺めているんです。制作途中も撮るので、ここはもっと濃淡をつけた方がいいな、この筋肉はこうなっているなとか、写真を見ながら常に考えていますね。仕事中も移動中も見ているので、その時間をあわせたら何百時間。馬の写真はもちろんですが、自分で描いた馬の絵を見るのも好きなんです。超ナルシストですよ(笑)。
土屋さんのスマートフォンの写真フォルダには、これまで描かれた作品や制作途中の絵がたくさん入っていました。
紙に向かうと、絵に夢中になれる
土屋さんはずっと手描きで作品を制作されていますよね。
最近は3Dプリンターで馬や消しゴムサッカー(ゴム製フィギュアを選手に見立てた土屋さん考案のサッカーゲーム)の選手をつくっていて、それはペンタブを使い絵画と同じような感覚で仕上げていくんですね。だからこそ感じるのは、紙の方が集中できるんです。どうしてなのかは分からないけど、夢中になれる。
昔、「鉛筆を削った分だけ、人生が豊かになる」という言葉を聞いたことがあるんです。夢中になって絵を描いていると、鉛筆が丸くなり、鉛筆を削り、また鉛筆が丸くなり、鉛筆を削りという工程の繰り返しなのですが、その言葉通り、絵を描いていると自分の人生が充実していく実感を得られるんです。嫌なことも忘れられますしね。
「絵を描いている時間がすごく楽しいです」と土屋さん。
馬の絵を描くようになったことで、変わったことはありますか?
馬体を見るのも好きなので、パドックに行くようになったものの、予想は全然当たらないんです。絵を描いたら、馬の強さが分かるようになったらいいんですけどね。そういう能力はまったく付いていません(笑)。
「1990年代から『ペーパー・オーナー・ゲーム』という仮想馬主ゲームを友達としていて、デビュー前の馬のドラフト会議を毎年行なっているのですが、この遊びが超おもしろいんです」と土屋さん。
言葉の端々から馬への愛を伝えてくれる土屋さん。後編では、実際に絵を描く際のステップや絵に対する思いなど、幅広くお聞きします。
《プロフィール》
土屋伸之(つちや・のぶゆき)
芸人
1978年東京都生まれ。2001年、大学の先輩であった塙宣之さんとともにお笑いコンビ、ナイツを結成。ツッコミを担当する。2003年「第2回 漫才新人大賞」大賞、2008年に「お笑いホープ大賞 THE FINAL」大賞と「平成20年度 NHK新人演芸大賞」演芸部門大賞、2008年〜2010年「M-1グランプリ」の決勝に進出、2011年「THE MANZAI 2011」準優勝、2013年「平成25年度文化庁芸術祭 大衆芸能部門」優秀賞受賞、2016年「平成28年度(第67回)芸術選奨」大衆芸能部門 文部科学大臣新人賞と「第33回浅草芸能大賞」奨励賞など、受賞歴多数。テレビ、ラジオ、ドラマ、寄席など、実力派芸人として幅広い分野で活躍中。漫才協会の常務理事も務めている。
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