漫画家 堀 道広(後編)
- Sketch Creators Vol.6
「“描く”時間は祈り。絵に宿る神の存在」

sketch(スケッチ)とは、人物や風景などを描写すること。連載インタビュー企画「スケッチクリエイターズ」では、素晴らしいクリエイションを生み出すさまざまなクリエイターへのインタビューを通じ、彼らの創作背景を言葉と写真で写しとっていきます。

第6回目にご登場いただくのは、漫画家として活躍するからわら、元漆職人という経歴をいかし「金継ぎ部」を主催する堀 道広さんです。一度目にしたら忘れない独創的な絵の誕生秘話から、絵にかける思い、金継ぎの魅力まで、堀さんの頭の中に迫ります。

穏やかな口調で言葉を紡いでくれる堀さん。

刃物を研ぐように絵を描く

漆職人として働きながら漫画を描く時間は、堀さんにとってどのようなものとなっていましたか?

すべてが祈りでした。入選してほしいなとか、笑ってもらいたいなとか、面白い絵が描けたらいいなとか。特に絵に関しては常に面白い表現をしたいと思っていて、実験的な手法を取りながら模索をつづけているんです。より下手な方を採用したり、ずっと自分のタッチを探しているというか。だからすごく時間がかかるタイプなんです。

僕にとって「描く」ことは、刃物の研ぎみたいなものなんですね。切れない刃物がだんだん切れ味を増していく感じ。上手い下手ではなく、自分の描きたい絵を削り出していく。描きながら研ぎ澄ましていく。刃物の研ぎってみんなが上手にできるわけではなく、その人の癖が現れますよね。たとえ円刃になってしまっても、一生懸命研いだら味わいになる。それと一緒で、不器用な人が頑張って研いだ刃のようなものが、僕の絵なんじゃないかなと思うんです。

これまで発行された堀さんの著書の数々。
なるほど。「ずっと探している」とのことですが、堀さんのタッチはオリジナリティに溢れ、初の単行本『青春うるはし! うるし部』から堀ワールドが全面に現れています。タッチの変遷についてお聞かせください。

『青春うるはし! うるし部』のときは首が太いだけだったんです。だから頭身バランスなんかはけっこう普通。それにだんだんと飽きてきて、今度は肩幅が広くなり、胴体が短く、足を変な位置から生やすようになりました。『おれは短大出』あたりですね。最近のタッチは首がありません。太い首の反動なのか、人間の首が描かれていなかったらどう思うのかなって。全部に共通しているのは、僕が描くような人は現実に存在していないこと。漫画的表現の面白さを探求し、変な絵というか、異次元の絵を描きたいなと思うんです。

小学生時代は絵がダントツで上手だったとのこと。「本当はこんなに絵が上手なんだよ!」と、技術力を誇示したいお気持ちは芽生えませんか?

「絵が上手いね」って、あんまり言われたくないんです。自分としては下手な方がいいと思っていて。ペンの持ち方もわざと変えているんです。独特の絵になるように。漫画を描きはじめた頃から、この持ち方をしています。

「この方が下手で面白い絵が描けるから」という理由で、ペンを寝かせるようにした独特の持ち方。

手描きだからこそ神様の存在が感じられる

堀さんはいまも手描きですよね。

そうですね。タブレットも試してみたんですけど、タッチペンがモニターに触れたときのカチカチした感触がしっくりこなくて。主に使う画材は1.3mmのシャープペンと水性マーカー。着彩する仕事では線画の上にトレーシングペーパーを重ね、水性マーカーで色を付けていきます。それらをパソコンに取り込んで、合成していくかたち。こうすると色の変更が簡単なので。

紙はA4サイズのコピー用紙が多いんですけど、ザラッとした質感が好きで画用紙もよく使っています。ライトボックスの上にラフを置き、トレースしたものが本番になるから、紙は薄い方がいいですね。マルマンさんの図案シリーズに描いた漫画原稿もたくさんありますよ。僕はリング式よりペリッとはがせるスケッチパッド派です。

ラフをライトボックスの光で照らし、真っさらな紙をラフに重ねて本番の絵を描いていきます。

僕は手描きの描き味が好きなんです。あと、紙は仕上がりが予測できないところもいい。ザラザラした紙ならかすれたタッチになるなど、その辺のニュアンスが自分を超えてくるんです。なんとなく神様がやってくれている感じがするんですよ。タブレットでもかすれた表現ができるかもしれないけど、神様が入ってこないというか。そこが「描く」という祈りに通じているんです。僕の絵は8割が自分、2割は神様によるもの。漆も同じです。温度や湿度によって塗りの乾きも変わってくるので。すべて計算できるのがプロかもしれないけれど、天の采配による偶然の産物が面白いんです。うっかり線がピッと伸びちゃったりとかね。

たくさんのマーカーやマジックがデスクの脇に置かれています。
自分が日本人だからなのか、堀さんのお話は腑に落ちますし、「万物に神が宿る」という考えにも共通するように感じます。漆職人として伝統工芸に携わってきた経験や思いが、漫画に活かされている点はありますか?

僕は伝統工芸に取り組む気持ちで、漫画を描いているんですね。漆の仕事は1000年以上の時を超えて培ってきた技術を継承し、伝統をいまに伝えています。僕の漫画でいうならば、昔の漫画家と同じように手描きし、昔の漫画家のタッチのオマージュ的な表現を取り入れている点などですね。言い切れない部分もありますけど、モブキャラの顔は昭和の少年漫画風だったり。あと伝統工芸の職人は精巧かつ均一な仕事を求められますから、手首を固定して機械的な動きで絵を描いてみることもあります。この方が下手に描けるので、実験的な面もあるんですけど。

堀さんが愛用する筆記具と漫画のラフ。
そのような思いが背景にあるのですね。堀さんの漫画は独創的な絵のみならず、予測不能なストーリーも魅力です。

一般受けしないから、あんまりよくないのかもしれないです(笑)。逆に言うと、真面目な話が描けない。変な話しか思い浮かばないんです。アイデアに煮詰まったときは、お湯を沸かすように考えているだけ。弱火にしておいて、グツグツ煮立ってきたら、それをすくって漫画にするという感じですね。喫茶店へ行くという方もいますけど、僕はだめで。日々家で考えています。

僕はすごい不器用で、仕事しかしていないんです。仕事が趣味というか、ほかには子どもと遊ぶくらい。描くのが好きなんですよね。ずっと仕事をしていたいくらいです。

堀さんが表紙のイラストと文字を描いた『金継ぎのすすめ ものを大切にする心』(小澤典代)と、堀さんの著書『おうちでできるおおらか金継ぎ』。『おうちでできるおおらか金継ぎ』は、初心者にも優しく分かりやすい丁寧な内容。イラストが多様されているのもポイントです。

金継ぎにはその人の生き方が現れる

漫画やイラストのお仕事でご活躍される一方、金継ぎ部のご活動も堀さんならではだなと感じます。

漆屋さんを辞めた頃、知り合いに頼まれて教室をはじめたんです。そのときは漆部、塗りの教室でした。ただ教室の場所を変えなくてはならなくなり、知り合いの喫茶店に移動したんですね。喫茶店だからスペースも限られていて、金継ぎならできるねということで金継ぎ部になりました。東日本大震災後、生徒さんが爆発的に増えましたよ。5倍くらいに。みなさん地震で大切なうつわが割れてしまったんでしょうね。

いまでも金継ぎ教室の依頼はとても多くて、全部引き受けていたら金継ぎの先生が本業になってしまうほど。それでも5ヶ所でやっているんですけどね。あくまでも僕の本業は漫画家。だから金継ぎの活動は月10日にとどめているんです。

自宅の地下1階にある金継ぎの作業場。ここで金継ぎ部の教室も行なっています。
金継ぎは近年、ちょっとしたブームのようになっていますよね。堀さんにとって金継ぎの魅力とは?

よく聞かれるんです(笑)。前は「お化粧みたい」とか「再生です」とか言っていましたけど、だんたん違和感を覚えるようになってきて。金継ぎとの向き合い方で、その人の人生が現れると思うんです。「お洒落に直したい」という方はお洒落な人生、「カッコよく直したい」という方はカッコいい人生にしたいんだなと。でもそれって格好ばっかり。金継ぎの本来の意味をとらえると、「丈夫にしたい」ということだと思うんですよ。そもそも金継ぎってマイナスからゼロにしていく行為なので、なんとも言いようがないんです。つくりあげていくものでもないし。だから僕にとっての金継ぎは「修理」、ですね。18歳からやっているからそう思うのかもしれませんが、傘や靴の修理と変わりません。

堀さんが金継ぎを施したうつわ。

待望の新作は中古物件に恋する男のストーリー?

雑誌や本の装丁などでも、堀さんの絵をよく目にします。漫画とイラストのお仕事の割合はどのくらいですか?

半分以上がイラストかもしれませんね。イラストだと漫画よりも可愛さのエッセンスの濃度が濃いかな。表現としては、イラストの仕事は頼まれたことをしっかり打ち返す。でも人物を描かないと僕の絵だって分からないから、そこは意識しています。漫画は僕の地になるので、男臭く、食いつき気味ですね(笑)。

堀さんのイラストは数々の雑誌の表紙も飾っています。
これから描きたい漫画についてお聞かせください。

商業的にヒットした代表作がないので、誰もが知っている作品を生み出したいという思いはあります。でもみんなに支持される漫画が思い浮かばないから苦労しているわけで(笑)。子どもの同級生のご両親が僕の漫画を買ってくれたんですけど、正直恥ずかしいんです。『おれは短大出』は童貞の話だし……(笑)。

いま描きたいなと思っているのは『HOUSE LOVE(仮)』。中古一戸建てに恋してしまう男の話なんですけど、僕自身2020年に自宅を購入したのを機に、中古戸建の物件を見るのにハマってしまって。だからいまは中古物件と男の恋模様を漫画にしたいなと考えているところです。

「絵本も描いてみたいですね」と堀さん。今後のご活躍も楽しみです。

《プロフィール》

 

堀 道広(ほり・みちひろ)
漫画家

 

1975年富山県生まれ。高岡短期大学(現・富山大学芸術文化学部)漆工芸専攻卒業後、石川県立輪島漆芸技術研修所を修了。1998年『月刊漫画ガロ』でデビュー。漆職人として勤めるかたわら漫画の持ち込みを続け、2003年、第5回アックス漫画新人賞佳作。以来、特徴ある絵柄で地道に活動を続ける。漫画の仕事と平行して、割れた陶器を漆で修復をする教室「金継ぎ部」を主宰。金継ぎによる器と漆器の修理、漆の小物製作など、その活動は「うるしと漫画」の分野でのみ特化する。著書に『青春うるはし! うるし部』、『耳かき仕事人サミュエル』、『おれは短大出』(ともに青林工藝舎)、『パンの漫画』(ガイドワークス)、『おうちでできるおおらか金継ぎ』(実業之日本社)、『うるしと漫画とワタシ -そのホリゾンタルな仕事』(駒草出版)など。